バスで(2/2)
「でもやっぱ意外。なんていうか葉月が部活に入ること自体意外。どうしてまた」
「いや、友達に誘われてね」
 名前だけでも、と言われて入った科学部だったけれども、なんだかんだで結局毎日通っていた。まあ、放課後になれば当然のように真がぼくを連れて行くからでもあるんだけれど。
「友達? さては女子だな? 彼女だろー」
 ところが伊吹は何を誤解したのかそんなことを言いながらぼくを肘でつついてくる。
「違うよー。そう言う伊吹の方はどうなの」
 伊吹だってお互い様のはずだ。そう思ってぼくは軽い気持ちで尋ねたんだけれど、そこで伊吹は意味ありげににやりと笑った。
「……それがさあ」
「え? まさか伊吹、彼女できたの?」
「まあね」
「えー!」
 それはこの日一番の驚きだった。いや、ここ最近で一番の驚きだ。
 だって、伊吹は(ぼくも人のことは言えないけれど)どちらかといえば男子とばかりつるんでいる方で、女子とは仲良くするどころか女子に話しかけることも苦手だったのに!
「いつの間に? どんな子? ぼくの知ってる子?」
 ぼくの勢いに伊吹はあきれたように苦笑いした。
「レポーターみたいだなあ。えーとね、高校で知り合ったから葉月は知らないと思う。可愛いっていうより綺麗系かな」
「そうなんだ……」
 ちょうどそこでまたバスがとまり、ぼくらの話もそこで途切れた。降りる人たちをやりすごし、またバスは動き出した。窓の方に目をやるとぼくと伊吹の姿が窓ガラスに映っている。すらりと背の高い伊吹に比べて、いや比べるまでもなく、ぼくは小柄な方だと思う。もう少し伸びてくれないかなあと思っているのに、なかなか伸びる気配はない。
「ねえ伊吹、また背が伸びたんじゃない?」
「え? 本当? やった!」
 伊吹は素直に喜んでいる。ぼくにはそんな彼がなんだかきらきらして見えた。反対に、ぼくは少しだけ気分が沈む。毎日充実してそうな伊吹に対して、ぼくは特にこれといったものもなくただ何となく日々を過ごしている。その差がぼくらの身長差にも現れているような気さえしてくる。
「どうしたの?」
 そんなぼくの気分は伊吹にも伝わってしまったようだった。こちらを心配そうに見る彼になんでもない、とぼくは笑いかけた。
「ただちょっと、伊吹が羨ましいなあって思ってさ。部活に励んで、彼女もいて。それに比べてぼくは……、このままでいいのかなあ、なんてね」
「……」
 伊吹は一瞬だけ申し訳なさそうな顔をした。
「でも、葉月だって部活に励んでるじゃない」
「いや、そんなに頑張ってないよ」
「じゃあこれから……、僕がこんなことを言うのもなんだけど、これから、頑張ればいいんじゃないかな?」
「そうだね……」
 これから、か。ぼくも何か見つけられるだろうか。別に彼女とかそういうんじゃなくて、何か、日々を充実させられるような何かを。
「……あ、もう降りなきゃ」
 気が付けば、バスの案内がぼくの家の最寄りのバス停を告げている。合図ボタンを押せば、ピンポン、と軽快な音がする。
「そうか、早いなあ」
 伊吹はなんだか名残惜しそうだ。大げさだな、とぼくは笑う。
「よし、明日からはなるべくこのバスに乗れるようにするから。葉月もそうしなよ」
「うん」
 ていうかぼくは基本的にはいつもこのバスなんだけどね。
 バスは家の近所のバス停にとまり、じゃあねとぼくはバスを降りた。バスを振り返ると中では伊吹が大きく手を振っていて、ちょっと恥ずかしいなと思いながらぼくも手を振り返した。
 伊吹におめでとうを言いそびれていたことに、家に帰ってから気付いた。


 以来、伊吹は本当に時々このバスに乗ってくるようになり、ぼくと何でもない話をするようになった。そしてそれはいつの間にか、ぼくの毎日のちょっとした楽しみになっていったのだった。



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