バスで(1/2)


 どうやら今日は座れそうにないみたいだなあ。
 学校帰り、乗り込んだバスはけっこう混んでいて、ぼくはバスの中央のドア付近で手すりにつかまって立つことにした。
 少し前までぼくはいわゆる帰宅部で、学校が終わってすぐの時間のバスで帰っていたんだけれども、先日部活に――科学部に入ってからは、その分遅い時間のバスで帰るようになった。このバスは早い時間のバスと比べるといつも少し混んでいて、座れるか座れないかはぎりぎりのところだった。
 ぼくはバスに揺られながら、ぼーっと窓の外を眺めていた。今は日が長い季節だからまだ外も明るいけれど、冬になればこの時間にはもう真っ暗になってしまっているんだろうなあ。
 バス停にバスがとまり、ぷいーん、と独特な警告音とともにドアが開いてまた人が乗ってきた。確かこのバス停の近くにはまた別の高校があって、そのせいかそこの生徒が多く乗ってきている。そんな彼らの邪魔にならないように様子を伺いながらぼくが前の方へ詰めていると、
「あれ? 葉月?」
 と、急に声をかけられた。
「え?」
 声の方を振り向くと、ちょうど乗ってきた男子生徒が目を丸くしてぼくを見ていた。
「伊吹」
 ぼくも驚いて多分同じように目を丸くした。
 乗ってきたのは、ぼくの中学の時の同級生、伊吹透だった。中学ではけっこう仲が良かったんだけれども、高校が別々になってしまってからはすっかり会う機会も少なくなってしまい、少し疎遠になってしまっていた。そういえば伊吹もこのバス停の近くの学校に通っているんだった。
「久し振り!」
 伊吹は体をひねって人をかわしながらぼくの隣まで来た。
「ほんと、久し振りだねえ」
 また、ぷいーん、という警告音がしてドアが閉まり、バスが動き出した。ぼくはバランスを崩しかけてなんとか踏ん張る。バスはますます混雑していた。乗る人よりも降りる人の方が多くなってくるのはもう少し先で、ぼくが降りるのもちょうどその辺りだ。
「いやあ、びっくりしたなあ。こんなところで葉月に会うなんて」
 伊吹はしみじみとそう言った。まったくだとぼくも大きく頷く。
「そうだね。これまで全然会わなかったのに。方向だって一緒なのにね」
「いつもは部活で遅いからなあ」
「部活かあ」
 確か伊吹はバスケ部だ。中学の時もそうで、ぼくも何度か試合を見たことがあるけれども、とても格好よかったのを覚えている。
「でも伊吹、帰りっていつもこの時間だったっけ?」
 ぼくは首をかしげた。ぼくがこのバスで帰るようになってけっこう経つけれど、こうして伊吹に会うのは初めてのような気がする。
「いや、今日はたまたま……ていうか運よくこれに間に合ったんだ。いつもはもう一本遅いやつ」
「そうなんだ、遅くまで大変だね」
「楽しいけどね」
 伊吹は笑顔を見せた。好きなことを本当に楽しんでいる、そんな人の笑顔だと思った。
「というか葉月の方こそこんな時間になるなんて珍しいんじゃない? どうしたの? 居残り?」
「いや違うし」
 ぼくは苦笑いした。
「だって、葉月のことだから高校でも帰宅部なんだろ?」
 まあ確かに中学の時もぼくは帰宅部だったし実際最近まで帰宅部だったわけだから、伊吹がそう思うのも無理はないけど。居残りは別として。
「いや、実はぼくもこないだから部活に入ったんだ」
 そう言うと伊吹はやっぱり少し驚いたようだった。
「へえ。そうなんだ。何部?」
「科学部」
「へー!」
 そしてますます意外だったんだろう。伊吹のリアクションが大きくなった。
「……変かな」
「いや、変じゃないけど。むしろ似合ってるかも。その眼鏡とか博士っぽいし」
「えー? そうかなあ」
 ぼくは中学の時にはもう眼鏡をかけていた。漫画のキャラに例えられたり眼鏡がないと別人みたいだなんて言われたりしている。

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