特に理由はなかった(1/2)


「時緒!」
 ぼくを呼ぶ声に顔を向けると、教室の斜め前の席の方から、ちょうど対角線上の斜め後ろのぼくの席へ、友人の真が、ひょいひょいと階段状に机の間を縫ってやって来ていた。
 高校二年の春のある日の放課後のこと。ぼくはいつものように帰ろうとしていたところで、そこを真に呼び止められたのだった。
 真――桂木真とは一年の時からの友達だ。明るくて活発というかテンションが高くて、いつもぼーっとしているぼくを、あきれながらも引っ張っていってくれる。
「なあなあなあ、ちょっといいか?」
「え? ちょっと待って何?」
 ぼくのところまで駆け寄って来ると、真はその勢いのままぼくの背中をばんばん叩いて教室の外へ連れだそうとする。ぼくは慌てて鞄をつかむと真と一緒に廊下へ出た。
「なあ時緒」
 廊下に出ると真はぽんと窓枠に寄り掛かって話を切り出した。
「お前さ、確か今特に何も部活とかやってなかったよな? だったら、よかったらうちの部に入ってもらいたいんだけど」
「え? 部活?」
 確かにぼくは今のところ特に部活とかには入っていない、いわゆる帰宅部だった。何か特にやりたいことがあったわけでもなかったし。
「実はうちの部、今部員が少なくてピンチでさ、このままだとやってけないかもしれないんだよ。最悪名前だけでも、とりあえず入るだけ入ってあとは別に来ないみたいな形でもいいから、人助けだと思って、入ってくれない?」
 お願い、と真は手を合わせている。部活かあ。どうしようかな、と思ったところでふと、そういえば真の入ってるその部活って何だったっけ、と今更ながらに思った。確か、運動部っぽいイメージに反して実は意外と真面目そうな……。
「えーと、そういえば真って何部だったっけ?」
「がーん!」
 正直にぼくが尋ねると、真はちょっと大袈裟なリアクションをしてみせた。
「何ボケてんだよ! 前話しただろ? 科学部だよ、科学部!」
「科学部……」
 そうだった。思い出した。確か二年になる少し前のことだ。真はそれまでやっていた部活(陸上だっただろうか)をやめて科学部に入ったんだととても楽しそうに話していたっけ。なんでも、
「確か、すごい先生がいるとか」
「そうそう!」
「でもって、何かすごい研究してるとか」
「そう、そうなんだよ! なのになくなっちまったらもったいねーだろ?」
 すごい研究、ねえ。そんなこと、こんなごく普通の学校で本当にあるんだろうか。そもそも、
「そのすごい研究ってなんなの?」
 すると、真はとても楽しそうにいひひと笑った。
「それは秘密。それこそ科学部に入れば分かるよ」
「うーん……」
 どうしようかなあ。ぼくはちょっと迷った。今のこの気楽な感じも捨てがたかったけれど。
「まあ、別にいいよ、入っても」
「本当か?」
 ぼくの返事に真の表情がぱっと明るくなった。うん、とぼくはうなずく。真の言うすごい先生やすごい研究とやらに興味がないわけでもなかったし、何よりこれといって特に断る理由もなかったのだ。
「よっしゃ、じゃあさっそく行こうぜ」
「え? 今から?」
「そう!」
 真はくるりとぼくの後ろに回って、さあさあとばかりにまた背中を押してきた。押されて歩き出しながら首をひねって振り向けば、真は満面の笑顔だ。
「ほら、善は急げっていうだろ? さあ、レッツゴー!」
「分かった、分かったから押すなよ」

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