ヒーローものと怪談とおとぎばなし(2/2)
「これは私なの。というより、本当はこっちが私なの。この研究所ができる時にね、私はここの所長に騙されて眠らされて、それからずーっとこのありさま」
 遙さんは箱をコンコンとノックするように叩いた。ガラスよりは軽い、プラスチックのような音がした。
「それじゃあ今あなたの隣にいるのは何なんだって話なんだけど、簡単に言うと、今動いてるこれはロボットなのよ」
「え?」
 あたしは思わず遙さんをまじまじと見た。確かに作り物めいて見えるとは思ったけれども、本当にそうだと言われると逆にとてもそうだとは思えなくなってくる。
「そして『私』は、そこの寝ている私から抜け出して、その意識とか生霊みたいなものだけがこのロボットに入り込むことで、こうして動いたり喋ったりしている。まるで怪談ね」
 遙さんはいわゆるお化けのポーズをしてニヤリと笑った。その笑顔がますます怪談じみていて余計怖いんですけど。
「この研究所にはこれと同じようなロボットが七体あって『天使』と呼ばれてるわ。ほら、あのバス停で会ったのもその天使のうちの一体よ。あれにも同じように私が入り込んでいた。つまり中身が同じだったってのはそういうこと。あの時はあれが一番地味で目立たないだろうからってことであれにしたんだけど、本当は今のこの姿が一番気に入ってるの。この天使はね、ちょっと私に似せて作ってもらったのよ」
 最後は楽しそうに遙さんは言った。あたしはもう一度二人を見比べた。確かに似ているかもしれない。そしてさらに『中身』が入ることでますます似てくるのだろう。
「私はね、この研究所のエネルギー源なんですって」
 どこか他人事のように遙さんは言った。
「あなたももう気が付いてるでしょうけど、この研究所には常識では考えられないような、おかしなことがいろいろあるわ。たとえば、この研究所には結界が張られていて、この場所はご近所の一般人にはただの空き地にしか見えないし、この部屋は研究所内でも限られた者、私が許した相手しか入れないどころか、その扉に気付くことすらできない。この天使だってわざわざ私が入り込まなくてもスイッチを入れれば勝手に動き出すし、そもそもあなたの特殊能力だってそうだわ。そういった、超常的というのかしら、普通ならあり得ないようなことを可能にするためのエネルギー源よ。つまりあなたの特殊能力なんて、私の一部みたいなものなのよ」
 だからお互いどこかで何かがつながっていて、何かを伝えると感じ取るとかできるのかもしれないし、そうだったらいいと思ってる――そういうことらしい。そしてあたしがそう感じることこそ、その証拠なのかもしれなかった。
「それなのに、あり得ないことを可能にしているのは私のはずなのに、私を眠らせているこのシステムだけは、別の仕掛けになっていて私にはどうすることもできない。それこそ余計なことをしたら本当に死んでしまうかもしれない。別の仕掛けが何なのかまでは分からないけれど」
 遙さんはため息をついた。
「分かったでしょう? 私がどうしてこの研究所を壊そうとしているのか。私は私をこんな目に合わせたあいつを恨んでるし、この研究所を、この訳の分からないシステムをぶっ壊して『私』を取り戻したい。元に戻りたい。けれどもご覧の通り私はいわば私自身を人質に取られているようなものだから、自分では何もできない。こうやってコソコソあなたとお話するのが精一杯」
「コソコソしてるんですか?」
 そのたたずまいはむしろ堂々としているように見えるのに。
「これでも一応ね。好き勝手しているように見えるでしょう? でも本当はいつ誰にバレるかヒヤヒヤしてるのよ?」
 自分でも分かっているようで遙さんはきまり悪そうに笑った。
「今回の特殊能力の計画はもちろん、この研究所にとって何かの役に立つ人材を得るためのものだったけれど、この計画を知った時、これは私にとってもまたとないチャンスなのかもしれないって思った。もしかしたら私の代わりにたたかってくれる誰かが見つかるかもしれないって。そして私はその誰かを自分で探すためにあの場所に行き、あなたを見つけた」
 遙さんはこっちを向いた。あたしをまっすぐ見た。
「暁美ちゃん。巻き込んでしまって、ごめんなさい」
 そして頭を下げた。
「けれども私にはこうすることしかできなかった。巻き込んでおいて何をと思うかもしれない。そんな義理なんてないって思うかもしれない。でもお願い。私の代わりに、たたかってほしいの」
「……」
 あたしは、はいともいいえとも答えられずにいた。話は分かった、ような気がする。遙さんが研究所を恨んでいるのも、なのに手も足も出せないでいるのも、その理由も。だけど。
「もし、嫌だって言ったらどうなるんですか」
 遙さんはぱっと顔を上げた。その表情は泣きそうに歪んでいて、けれどもすぐにそれを、強がるような、挑発的な笑みに変えた。
「そしたら、あなたはここで奴らにいいように利用されるだけよ。それとも何? あなたもしかしてこの悪の秘密組織に加わりたいのかしら? だったらあなたも私の敵ね。見逃すわけにはいかないわ。だって私の計画を知ってしまったんですもの」
 あたしは箱の中の遙さんを見た。まるでどこかのおとぎばなし。本当にその通りだ。
「さっきも言った通り、あなたには選択肢は二つしかない。悪者に利用されるか、悪者とたたかうか」
 なるほど、他の選択肢は、例えばこのまま何事もなかったように家に帰るなんて選択肢はないということらしい。そしてここは分かりましたとうなずくところなんだろう。だけど。
「とりあえず、さっきの部屋に戻ります」
 結局あたしにできたのはそう言って時間をかせぐことだけだった。
「そうね、少しゆっくり考えてみるといいわ」
 遙さんにはそう言われたけれども、あたしはちょっと今は何も考えられない気分だった。



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