ヒーローものと怪談とおとぎばなし(1/2)


「すーぱーひろいん……?」
 て、ちょっとまた急に話がぶっ飛んでしまったような気がするんですけど。
「あら、別におかしな話じゃないじゃない」
 ぽかんとしているあたしに対して遙さんはどこか楽しそうだった。
「ほら、一度は悪の組織に利用されそうになりながらも逆に正義のために立ち上がるとか、往年の変身ヒーローものなんかでもよくあるパターンだと思うけど?」
「えー……」
 テンションも高く遙さんは言うけれども、あたしはかえってそのテンションの高さについていけない気分だった。要するに悪の秘密組織があるんだから当然それを倒すスーパーヒーローもいるだろう、ということらしいけれども、あたしは別にヒーローものの登場人物になった覚えはないし。
「て、まさかあたし変身したりしませんよね」
 それこそどこかのヒーローみたいに。あたしが思わず言うと遙さんは笑った。
「あらごめんなさい。残念ながらそれはできないわ。できた方がよかったならこれから対策を考えるけど?」
「いやいやいや困ります」
 あたしはあわてて首を横に振った。冗談じゃない。
「困るの?」
 けれども遙さんは意外だとばかりに目を丸くした。いや普通困るだろ。
「あたし普通がいいです」
「普通ねえ……」
 もう帰りたい。お家に帰ってご飯食べてテレビ見て宿題しなさいって怒られて仕方なく宿題してお風呂入って寝たい。
「ていうかそもそも何でスーパーヒーローなんですか」
「女の子だからスーパーヒロインよ」
「いや問題はそこじゃなくて」
「だってせっかくの特殊能力、どうせ使うんだったら世のため人のために使った方がいいと思わない?」
「だから……」
 なんだろう。何かが引っかかる。それが何なのかはっきりしないまま、あたしはそのもやもやをなんとか形にしてみようとする。
「えーと、確か、さっき遙さんもここの一員だって言ってましたよね。じゃあむしろ悪役じゃないですか。どうして悪役が正義の味方を勧めてくるんですか」
「そりゃあもちろん、私だってこんなところにいるのは不本意だし、こんな研究所なんかなくなってしまえばいいと思っているからよ」
 そうあっさりと遙さんは答えた。なるほど、と一瞬納得しかけて、いや違う違うとあたしは内心首を振る。
「それじゃあ、なんであたしなんですか」
「え? なんでって」
 だからなんであたしがそんなことしなきゃいけないんだ、と言いたかったところを少し控えめに言い直してみた。けれども遙さんはちょっと意味が分からないみたいな様子できょとんとしている。
「えーと、どうしてあなたが選ばれたのかってこと? それはあの時たまたまあのバス停で出会ったから、かしら。いわゆる運命ってやつね」
「いやそういうことじゃなくて」
 それはそれでいろいろ突っ込みたいところだったけれどもあたしが思ったのは違うことだ。
「だったらどうしてあなたがやらないんですか。自分でやればよくないですか?」
 そうだ。引っかかっていたのはそこだった。どうやら遙さんがここの一味だというのは建前で実はむしろ倒したがっているらしい、ということは分かった。でもそれならなおさら、どうしてわざわざ部外者であるあたしを使おうとするのだろう。別にあたしがやらなくても自分でやった方がいろいろ早くないか。
「……」
「……?」
 ところが、それまで卓球のようにぽんぽんと言葉を返していた遙さんが、そこで急に黙り込んでしまった。予想外のことを訊かれて戸惑っているというよりは、訊かれたくなくて避けていたことをとうとう訊かれてしまった、みたいだった。
「それができないの」
 やがて遙さんはため息とともにそう言った。
「……どうしてですか」
 訊いていいんだろうかと一瞬迷ったけれど訊かなければこっちが気持ち悪い。遙さんは困ったように少し笑って、
「それは……、人質をとられてしまっているからよ。あの扉の向こうにね」
 言いながら背後を親指でさした。
「人質?」
 あたしは首をひねって後ろを見た。そこにはさっき遙さんが出てきた扉がある。
「見てみる? いや、見せてあげる。きっとその方が話が早いわ」
 遙さんは身を翻すと扉に手をかけ、ちらりとあたしを振り返ると、
「さあどうぞ」
 と、どこか芝居がかった動作でその扉を開けた。
 中は真っ暗だった。夜だし外の光も入らないようになっているのかもしれなかった。中に入るのをあたしがためらっていると、遙さんがパチリと部屋の明かりをつけた。
 あたしはそっと中に入った。狭い部屋だった。遙さんとあたしの二人が入っただけでもう何となく窮屈に感じるくらいだ。けれども部屋を狭くしているのは、もしかしたらその部屋の真ん中に置かれているもののせいなのかもしれなかった。
 それはちょうど会議室とかにある長机のような細長い台で、その上には、ちょうど同じくらいの大きさの、ガラスなのかプラスチックなのか透明な細長い箱が置かれていた。その箱や台からはコードのようなものがうねうねと何本も延びていて、台の傍らにあるよく分からない機械につながっている。その機械からだろうか、ぶーんとかすかな音がしていた。
 そして、透明な箱の中には人が入っていた。髪の長い女の人が仰向けに横になっていた。眠っているようだったけれども、もしかしたら違うのかもしれないと思って少し寒気がした。だって、これでは、まるで、棺だ。
「生きてるわよ」
 あたしの動揺を察したのか、遙さんが言った。
「一応今のところはまだ死んじゃいないわ。ただずっと眠らされ続けているだけ。まるでどこかのおとぎばなしみたいでしょう?」
 あたしは隣に立つ遙さんを見た。じっと箱の中を見ている。
「この人は……」
 誰なんですか、あたしはそう尋ねようとした。けれどもふと、その箱の中の女の人の姿が遙さんと重なった気がして、あたしははっとして二人を見比べた。
「そう」
 遙さんがこっちを見た。目が合った。
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