原初の光


「夜当番デビューおめでとー、りょーちゃん」
 案内してきた桂木さんがそう言いながらドアを開けた。
「さあどうぞ入って入って」
「うわ……すごいですね」
 おめでとうって何がめでたいんですかと突っ込むのも忘れて俺は壁一面に並ぶモニターに目を奪われた。
 研究所の監視室に入るのは初めてだった。ここで一晩研究所内の監視に当たるのが通称『夜当番』なのだという。
「これ全部監視カメラですか」
 入って左手の壁には小さいけれどもたくさんのモニターが並んでいて、それには研究所内のあちらこちらが映し出されていた。監視カメラの存在には気が付いていたが、こんなにあったとは思わなかった。
「そう。プライバシーもへったくれもないよねー。あ、でもさすがにトイレには仕掛けてないから安心して」
 モニターの前には長机が一台とキャスター付きの回転椅子が二脚。基本的に二人一組で監視に当たることになっているためだろう。
「まあとりあえずそっち座んなよ」
 桂木さんは入り口側の椅子に早速といった様子で腰掛けてこっちを見上げている。はあ、と俺もうなずいてもう一つの椅子を引いた。
「あれ?」
 その時ふと、一つのモニターが目に入った。
「桂木さん、これ壊れてませんか?」
 それには何も映っていなかった。いわゆる『砂嵐』状態だ。
「ああそれね」
 けれども桂木さんはちょっとそれを覗き込んで言った。
「原初の光だよ」
「は?」
 ぽかんとする俺に桂木さんは少し笑った。
「その砂嵐の中には、少しだけ、この宇宙が誕生した時に生じた光が電波に形を変えて紛れ込んでいるんだってさ。つまり、この宇宙が生まれた時、宇宙は光で満たされていた。そしてその光は今もこの宇宙を満たしている。ロマンだよね。気持ち悪いよね」
「はあ」
 よく分からなかったけれども俺はとりあえずうなずいた。するとそんな俺の気分が伝わったのか桂木さんは苦笑いになる。
「まあどうでもいいけど。あ、ちょっとそこのカゴとリモコン取って」
「え? あ、はい」
 桂木さんは急に話を変えた。長机の端の方には雑誌やノートや本なんかが積み上げられていて、さらにその上にはお菓子の入ったカゴと何かのリモコンが乗っている。俺はそれを取って桂木さんに渡した。
「そのお菓子は適当に食べていいよ。ご自由にお取りください的に置いてあるやつだから」
 言いながら桂木さんはカゴを机の真ん中に置いて、リモコンで何やら操作した。するとさっきまで砂嵐だったモニターの映像が切り替わって、映し出されたのはバラエティ番組だ。
「え、これテレビだったんですか」
 じゃあさっきの光がどうとかいう話は何だったんだと俺は少し疲れたような気分になる。桂木さんは今度はガラガラと椅子ごと動いてモニターとは反対側の壁際に向かっていた。そこにはなぜか毛布とか枕とかぬいぐるみのようなものまでごちゃごちゃと積み上げられている。
「なんですかそれ」
「ああそうだった、りょーちゃんも今度何か居眠り用のグッズとか暇つぶし用のグッズとか持って来ておいたほうがいいよ」
 積み上げられたあれこれの中から大きなクッションを引っ張り出しながら桂木さんは言った。
「居眠り用……」
「そう。夜は長いからね」
 テレビに暇つぶしグッズに居眠りグッズって。それでいいんだろうかと思う俺に桂木さんは再び『居眠りグッズ』の山の下の方から毛布を引っ張り出すと投げてよこした。
「とりあえず今日のところはそれ使いなよ。もう誰も使ってないやつだから」
「……誰のだったんですか?」
 あえて訊いてみた。
「君の前任者のだよ」
 桂木さんは少し顔をしかめてそんな答え方をした。
「彼、意外とあちこちに忘れ物してるんだよね。取りに来ればいいのに」
 もし、本当に来たらその時は?
 さらにそう訊いてみたい気もしたけれども、これ以上は桂木さんの機嫌を損ねてしまいそうな気がしたので、やめておくことにした。



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