あなたは間違っている


「あなたは間違っている」
 突然、桐島さんが言った。
「は?」
 俺は彼を睨んだ。彼はうつむき加減でこちらを見てはいなかった。
「そう言われた」
「へえ。誰に」
「分からない」
「そりゃ変な話だ」
「そう言われたことしか、思い出せない」
「へえ」
 ふと、会話らしい会話が続いていることを不思議に思った。普段はあまりないことだ。
「……どうせ佐倉さんなんじゃないんですか?」
「いや……、違う」
「まあ確かに俺たちのやってることは間違ってるんでしょうけど」
「そうじゃない。その程度のことならきっとこんなにも記憶には残らない」
「ああ……なるほど」
 それじゃあ彼は何を間違えているのか。それは本当は本人も無意識のうちに気が付いているはずのことだ。ただ無意識のうちにしか気付けていないせいで結局ずっと分からないと迷い続けていることだ。
「じゃあ、俺からも言ってあげましょうか」
「何を」
「あなたは間違っている」
「……」
「いや、大きな勘違いをしている、かな」
「勘違い?」
 ずっとどこを見てるんだか分からないような状態だった彼がそこでやっと俺を見た。その視線に俺は少し苛立つ。
「やだなあ、そこまで教えてやるほど俺はお人よしじゃないですよ。ただ……」
 そうだ、そういえば今ここには、せんせーがいないんだった。どうしていないんだろう。ここはせんせーの部屋で、いつもならまず間違いなくいるはずなのに。
「せんせーならきっとこう言うだろうなあ。その勘違いこそが、あなたの物語を面白くしている、とね」
 せんせーがいればきっと、彼の相手をしてくれただろうに。



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