思い出の雑誌


 雑誌を広げる桂木さんの姿が視界に入った。
 またこの人はと思いながらそちらを見て、あれ?と俺は首をひねった。桂木さんの広げた雑誌になんだか見覚えがあるような気がしたのだ。その雑誌はいわゆる科学雑誌で、タイトルを見れば確かにそれは桂木さんが時々買って(きてもらって)いるやつだったけれど、そういうことじゃなくてとまたしばらく考えてふと、そういえば前にも、いやこれまでにも何度も、桂木さんがそれを広げていたことを思い出した。そう思って改めて見てみれば、なるほど確かにその雑誌はだいぶ古びて見える。
「……なに? りょーちゃん」
 俺の視線に気付いたのか桂木さんが顔を上げた。どうせまた怒るんでしょうとでも言いたげな様子だ。分かってるんだったらちゃんとすればいいのにと思いながらも、
「それ、前にも読んでませんでしたか?」
 と、今しがた気が付いたことの方を言葉にする。すると、ああこれ、と呟きながら桂木さんはその表紙をちらりと見た。
「そうだね、そういえばもう何度も読んでる。古いものだから当然データも古くて本当はもう役に立たないのかもしれないんだけど」
 再び雑誌に視線を戻して桂木さんはぱらりとページをめくった。読む、というよりは眺めているようだった。ちょっと覗き込んでみれば、何かのイメージ図のようなものが鮮やかに印刷されているのが見える。そういったものを、写真集か何かのように眺めているのかもしれない。
「これね、高校の時に買ったやつなんだ。こういうの買うのも読むのも初めてだったんだけど、なんだかすごくわくわくしたのを覚えてるし、こうして広げるたびにあの頃のあの感じを思い出すような気がする。だからかな、たぶん、初心に返りたくなった時に、こうして広げているんだろうと思う」
「…………」
 それは、つまりそういったものを忘れかけている人の言うことで、それを取り戻したいと思っているのだろうということは何となく分かった。けれども、それじゃあそれを取り戻せたのかどうかということは、雑誌を見ている桂木さんのその表情を見ても、俺には分からなかった。



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