スプーン曲げ


「どうしたの?」
 昼休み、食べ終わったパンの袋を折りたたみながらふと見ると、向かい合って一緒にお昼ごはんを食べていた友達の美紀ちゃんが、スプーンをじっと見つめているのに気が付いた。
「……何してるの」
 何やら姿勢まで正して結構真剣な表情だ。顔の前でまっすぐ縦にスプーンを構えて、柄の付け根のところを時々こすってみたりしている。
「決まってるじゃない、スプーン曲げよ」
 スプーンを見つめたまま美紀ちゃんは言った。
「スプーン曲げ?」
「いや、なんていうかさあ、実はあたしにも超能力とかあったりしないかなあ、なんて」
「それでスプーン……」
「そ。スプーン曲げといえば超能力の定番だからねー」
 超能力、か。少し前のあたしなら、また突拍子もないことをと笑ったかもしれないけれど。今はなんていうか単純に笑えない。
 微妙な気分のあたしをよそに、美紀ちゃんはしばらくスプーン曲げに挑戦していたけれども、結局諦めてしまったようだ。
「あーあ、やっぱり曲がんないなー」
 これがほんとの匙を投げるだ。言わないけど。
「ねえ」
 と、ふいにそのスプーンがこちらに向けられた。
「暁美だったらできるんじゃない?」
 美紀ちゃんは目を細めてにやりと笑った。
「えー」
「だって、悪の秘密組織にさらわれて、特殊能力を持ったスーパーヒロインになったんでしょ?」
「……」
 なんだそれはと思うが信じられないことにその通りなので反論もできない。今でもあれはたちの悪い冗談だったんじゃないかと思いたくなることもあるけれども、いわばそれを許さないのがこの特殊能力だった。なんでもそれは火属性で攻撃系の特殊能力なのだそうで、要するに火をつけるとか爆発させるとかいったことができてしまう。一応コントロールはできるようになったものの、やっぱり何かの拍子に暴発するんじゃないかと思うと気が抜けない。
「いいわよ曲げちゃっても。直してくれればね」
 ほら、と美紀ちゃんは半ば無理やりあたしにスプーンを押し付けた。あたしはしぶしぶ受け取ってさっきの美紀ちゃんのように持ってみる。よく見るとスプーンには使った形跡がなくて、ひょっとしてこのためだけに持ってきてたんじゃないだろうかと思ってしまう。
「たしか、金属って高温で熱すると溶けるんじゃなかったっけー」
 熱すると溶ける、ねえ。あたしは美紀ちゃんの言葉をヒントにスプーンの柄の付け根をつまんで指先に意識を集中させてみた。うまくいくかどうかは分からないけれど、どかあんといかないように慎重にスイッチを入れていく、みたいな感じかなあ。
 と、急にスプーンのつまんでいたあたりが赤く光った。
「うわ、やばっ」
 あたしは思わずスプーンを放り投げた。ちん、と音を立てて床に転がったスプーンを見れば柄がちぎれてしまっている。
「…………」
「…………」
 あたしと美紀ちゃんは揃ってスプーンを見下ろし、顔を見合わせた。
「あ、ご、ごめん」
 あたしは慌ててスプーンを拾い上げると、一応美紀ちゃんに返した。もう使い物にならないのは一目瞭然なんだけど。
「いいえー、おかまいなく」
 美紀ちゃんはまた目を細めて笑った。なんだろう、最近よくこんな表情を見せるようになった、気がする。美紀ちゃんとは一年の時からの付き合いだからまあまあ長いと思うんだけど、前はこんな笑い方をしていただろうか。
「それにしても、やっぱりすごいわねえ。これは参考にさせてもらうわね」
 参考って。
 ひょっとしてあたしのせいで美紀ちゃんまで何か目指し始めてしまったんだろうか。なんだか申し訳ない気分だ。あたしにとってはこの特殊能力も、ついでにいうとこれにまつわるごたごたも、ただ面倒で厄介なだけの話なのに。
 あー早く普通の生活に戻りたい。
 あたしは一つ大きなため息をついた。



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