つまりヤキモチ


「そうか、きみが噂の彼氏か」
 そう言って微笑む『川辺さん』は、なんていうか、大人の男だった。
 紹介したい人がいる、と暁美ちゃんに言われて僕は最初両親にでも紹介されてしまうんじゃないかこれってひょっとして遠回しにプロポーズでもされてるんじゃないかいやプロポーズするんだったら僕から、などとついつい思考が飛躍してしまったのだけれども、もちろん全然そういう話じゃなかった。
 紹介したい人というのは川辺さんといって暁美ちゃんの以前からの友達というか知り合いみたいな人で学校帰りとかに時々会っていろんな話をしたり時には相談にものってくれたりした人らしい。なんでも僕のことも相談していたというのでなんだかちょっと照れ臭かった。
 もしよかったら今度彼氏と一緒においでと言われたんだそうだ。いろんな話を聞いてくれて時には恋愛相談もするような相手、という暁美ちゃんの話から僕が勝手にイメージしていたのは頼りがいのありそうなちょっと年上の女の人、だったのに。
 僕は、どうもこんにちは、とぎこちなく頭を下げただけだった。暁美ちゃんとその川辺さんはなんか楽しそうに話していたけれども僕の耳にはあまり内容は入ってこなかった。確かに、友達だという暁美ちゃんの言葉に嘘はないと思ったし、川辺さんの方もあくまで友達というか知り合いですみたいな顔をして時には僕に気をつかうようなそぶりも見せていた。けれども正直僕は不機嫌だった。ここで僕が機嫌を悪くしたら暁美ちゃんが困るだろうと思ったからなるべく表には出さないように頑張ったんだけれどもそれでもやっぱり嫌だったし、そんな自分がもっと嫌だった。


「須藤くん、どうしたの?」
 帰り道、とうとう暁美ちゃんからそう訊かれてしまった。
「ううん、別に」
 僕はとりあえずそう答えたけれども暁美ちゃんは納得していないようだ。
「何か、怒ってる?」
「怒ってないよ」
 でもそのセリフはまるで怒ってるみたいに響いてしまって暁美ちゃんは悲しそうな顔になってしまった。
「いや、怒ってる、ていうか……自分でもよく分からないんだけど」
 これじゃあいけない、と思った。よく分からなくても分からないなりにちゃんと伝えないと。
「その、川辺さん、のことなんだけどさ」
 うん、と相槌をうつ暁美ちゃんの声は暗くて消え入りそうだった。僕までなんだか悲しくなってくるけれども、だからこそやっぱりちゃんと言わないとと思って僕は僕と暁美ちゃんの靴を見るともなしに見ながらぽつりぽつりと言葉を続ける。
「最初は、驚いた、かな。その人が男の人だったとは思わなかったから。優しくていい人そうで大人の人だなあ、て思った。僕なんかとは全然違うなあって。そしたら、なんか」
 あ。
 急に、今の気分にぴったりな言葉を思いついた。
「そうだ。悔しいな、て思ったんだ」
 だって相手は僕に気をつかう余裕すらある大人の男で、対する僕ときたら機嫌の悪さを隠すことすらできない子供なのだ。暁美ちゃんのことは信じたいけれども、もしも、てなった時に僕は太刀打ちできるだろうか。
「……え?」
「え?」
 と、なんだか急に暁美ちゃんの様子が変わった気がして僕は傍らの暁美ちゃんを見た。
「えっと、それって……?」
 暁美ちゃんはちょっと赤くなっているようにも、ちょっと嬉しそうな顔をしているようにも見えて僕は首をかしげる。
「何?」
「う、ううん、なんでもない」
 暁美ちゃんははにかんでうつむいてしまった。でももうさっきの悲しそうな表情は消えていて僕はほっとする。同時に、なんだろう、なんだか僕まで赤くなっているような気がした。



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