変わることのない誰か


 桂木さんがぼけーっとスナック菓子を食べている。
「何? 俺だっておやつぐらい食べるよ」
 その様子が何となく気になって見ていると桂木さんからそう言われて睨まれた。
「それともひょっとしてりょーちゃんも食べたいの? あげないよ」
「いえ、そんなつもりで見てたわけじゃないんですけど」
 俺はそう答えたけれども、それじゃあなんで、と訊かれたらすぐには答えられない感じだった。たぶん、なんだかいつもと様子が違うような気がしたからなんだろうと、しばらく考えてから思う。
「人って変わるものなんだよね」
 けれども桂木さんはそれ以上俺を詮索することもなくむしろ急に脈絡のないことを言った。
「たとえ変わりたくないと思っていても、何も変わっていないつもりでいても、ある日突然、例えば昔の日記や写真の中に昔の自分を見つけて――、そしてそれはすでに失ったもの、けして取り戻せないものなんだということに気付いて愕然とするんだ」
「昔の日記ですか」
「いや別に日記なんかつけてないけど」
 じゃあ写真だろうか、それとも別の何かがあったのだろうか。桂木さんはまたぼけーっと天井を見上げてお菓子を食べはじめた。もう話は終わったのかなと思ったころ、また、ふと、
「ただ――もし、本当に、本当に何一つ変わることのない『誰か』がいたとしたら、それはきっと……」
 そこで桂木さんは迷うように言葉を切って、やがてため息とともに吐き出した。
「きっと、人じゃない。物ですらない。それはもはや、この世界に属さないものだ」
 あれ?
「写真だって色あせてゆくものなのに、まるで過去から切り取って貼り付けたみたいに同じ、なんて」
「……桂木さん?」
 なんだかまた急に違う話になったような気がした。
「自分も年をとったなあ、て思って落ち込んでたんじゃないんですか」
「それ思ってても言うなよー」
「はあ。すみません」
「きっとりょーちゃんなんかには想像もつかないような話だよ」
 そこで桂木さんは今度こそ本当に話を切り上げてしまい、またぼけーっとスナック菓子を食べている。
 本当に、本当に何一つ変わることのない、誰か。
 想像もつかないようなことだよと桂木さんは言ったけれども、なぜだろう、俺はそれを知っている、そんな気がした。



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