いくつかの『なんで?』


「え? あれ? なんで」
「なんでって」
 またちょっとしたパニックにおちいってしまうあたしに、女の人はちょっと苦笑いした。
「……そうねえ。なんで、私がここにいるのか? それは、私もここの一員だから。なんで、あの時とは見た目が違うのか? それは、外側を取り替えたから。じゃあなんで、あの時のあの人だって分かったのか? それは、私が教えたから。とまあ、あなたの『なんで』の続きをざっといくつか予想して答えてみたけれど、どうかしら?」
 いや、どうかしら? と言われても。正直話が全然入ってこない。
「困ったわねえ」
 まだぽかんとしているあたしを見て、女の人はまた苦笑いして呟くと一歩前に踏み出した。あたしが反射的に一歩後ずさりすると、女の人は一瞬驚いた様子で立ち止まり、すぐに少し憤慨した様子で口をへの字に曲げた。
「もう、別に何もしないわよ。むしろ私はあなたとは友達になりたいと思ってるのよ?」
 そしてそのままあたしの脇を通り過ぎて窓の方へ向かうと、ガラガラと窓を開けて窓枠にもたれかかり、こちらを笑顔で振り向いて手招きした。どうやらこっちに来いということらしい。あたしはちょっと迷い、すぐにここは素直に従っておいた方がいいような気がして女の人の隣に並んで同じように窓枠にもたれかかった。
「さて、あなたまだまるでわけが分からないみたいな顔してるけど」
 あたしは女の人を見上げた。バス停の時とは違う見た目でもやっぱり綺麗な人だった。外見もだけどなんていうかにじみ出る華やかさにあの時と同じ雰囲気がある。だから同じ人だって分かって、こうして受け入れているのかな。
「そうね、あなたは何が訊きたい?」
 女の人が言った。あたしは少し考えて、
「あなたは何者なんですか」
 確かにいろいろ分からないことだらけだけれど、とりあえずまずはそこだろうと思った。すると女の人も、ああそうだった、みたいな顔をした。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はハルカ。はるかかなた、の遙。二種類ある漢字の、ちょっと難しい方よ。さっきもちょっと言ったようにこの研究所の一員。別にセレブでも芸能人でもないわ」
 女の人は丁寧に名乗ってくれた。あたしもちょっと慌てて、
「あ、春日暁美です。ええと、漢字だと……」
「知ってる」
 あたしが漢字まで説明しようとした途中で、女の人――遙さんはくすりと笑った。
「だってあなたの情報はもうとっくに所内で共有されてるもの。ねえ暁美ちゃんて呼んでもいいかしら。私のことは遙って呼んでいいから」
「はあ」
 呼び捨てにしてもいいってことだろうか。たぶん年上だろう人相手にそんな気にはなれないけど。
「でもあたしより年上ですよね」
「まあね。あまり言いたくないお年頃だから正確なところは内緒だけど」
 遙さんはちょっと顔をしかめた。どうやら年齢の話はしちゃいけなかったらしい。あたしがちょっと笑うと、遙さんもまた笑った。
「あー、なんかいいなあ、こういうの。女の子同士廊下の窓辺で並んでおしゃべりなんて、ちょっと青春っぽくない?」
 窓の外に少し身を乗り出すようにしながら遙さんは言った。確かに変な感じだった。わけの分からない状況に置かれているはずなのに、遙さんが言うみたいにまるで休み時間に学校の友達と喋っているような気になってくる。それが青春なのかどうかはともかく。
「ほら、ここって学校っぽいでしょ。実は私たちの行ってた学校をモデルにして作ったのよ」
「へえ……」
 あたしは廊下の向こうの方まで目をやった。すると気が付けば辺りは思った以上に暗くなっていてぎょっとした。学校っぽい雰囲気が今は逆に不気味だった。だって学校にはこんなに暗くなるまでいることなんてほとんどない。いや、
「でも、ここは学校なんかじゃありませんよね」
 あたしは遙さんを振り返った。
「そうね。だいぶ話が脱線しちゃってたわね」
 遙さんは苦笑いした。もしかしたら遙さんはもうしばらく脱線していたかったのかもしれないとちらりと思った。
「それじゃあ、もうちょっと詳しく説明してあげたいところなんだけど……、そもそもあなた今、どこまで分かっているのかしら」
「どこまで、て言われても」
 どう答えていいのか分からなかった。いわゆる、何が分からないのかも分からない、てやつだ。
「じゃあ、倉沢くんからは何て聞いてるの?」
 すると遙さんは訊き方を変えてきた。倉沢さんって、さっきのロン毛の男の人?
「ええと、ここが悪の秘密組織で、あたしは誘拐されてて、なんか特殊能力を植えつけられているとか……」
 さっきまでのことを思い出しながら話していると、なんだか笑えてきた。あたしは何を言ってるんだ。
「でもそんなことって本当にあるんですか? なんていうか例えば大掛かりな……そう、ドッキリか何か仕掛けられているような気分なんですけど」
 そうだ、ドッキリだ。ふと口をついて出たフレーズにはっとした。けれども苦笑いする遙さんにそれも否定されてしまう。
「いいえ、残念ながら確かにここはいわゆる悪の秘密組織だし、あなたを利用しようとして誘拐した」
「ていうかさっきからその悪の秘密組織ってなんなんですか。世界征服でも企んでるんですか」
 言いながらまた顔が引きつってくる。声も上ずってるし。
「ええそうよ。お約束でしょう?」
 でも遙さんは当然のようにうなずいた。いやあたしは冗談のつもりで言ったんですけど。
「そしてあなたはいわばそのための駒、あるいは秘密兵器として利用されることになる。そのための特殊能力よ」
「…………」
 開いた口が塞がらない、てこんな感じなんだろうか。夢でも冗談でもドッキリでもなければどうして、そんなおかしなことを当たり前のような顔で言えるんだろう。
「ただ、私はあなたを、この研究所とは違う目的で利用したいと思っているわ」
「え?」
 違う目的?
「あなたには二つの選択肢がある。一つは、あなたもこの悪の秘密組織の一員となること。そしてもう一つは」
 そこで遙さんはあたしに顔を寄せてきた。楽しそうに目を輝かせて、内緒話をするようにふと声をひそめた。
「あなたが、この悪の秘密組織を倒すスーパーヒロインになること」
 そして話はさらにおかしな方向へ進んでいったのだった。



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