結局曖昧だった何か


 今日は卒業式だった。
「あ、涼せんぱーい」
 部室に行くと千秋ちゃんがいた。備え付けの長机のいつも座っている場所からこちらに笑顔を向けていた。
「ああ、千秋ちゃんここにいたんだ」
「ええ。ここなら確実に先輩来るだろうなと思ったんで」
 俺もいつもの場所に腰かけた。ちょうど千秋ちゃんの前、椅子に横向きに腰かけて彼女を振り向くようにして。
「待ち伏せしてたんだ」
「あれ?ひょっとして私のこと捜してくれてましたか?」
「いや」
 俺も、ここに来ればきっと千秋ちゃんがいるだろうと思ったから。
 そう続けようとしたのに、それはどこかに引っかかって出てこなかった。だから単純に千秋ちゃんの言葉を否定したような形になってしまい、えー、捜してくれてなかったんですか、と彼女は少しがっかりしたような顔をする。
「先輩」
 その表情がちょっと引き締まった。
「ん?」
「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう」
 今日は卒業式で、俺は卒業する側、二つ下の千秋ちゃんは見送る側だった。式も終わり、最後のホームルームも終わって、もう夕方になっていた。
「あーあ、もう涼先輩に会えなくなるなんて寂しいなあ」
 千秋ちゃんが言った。けれども俺にはまるで実感がなかった。いつもの場所、いつもの雰囲気、それが明日からは『いつものこと』ではなくなるなんて。
「会えなくなるだなんてそんなことないよ。きっとなんだかんだでここには遊びに行くだろうし」
「でも、さすがに今までみたいに毎日は会えないじゃないですか」
「……」
「それとも、会いたいって言ったらいつでも会ってくれますか?」
 俺は何も言えなかった。
 本当は何か言うべきことがあるはずだった。それはこれまでもぼんやりと感じてきたこと、ずっと曖昧にし続けてきた――いや、ごまかし続けてきた何かだ。けれど、それはどうしても答えを出さなければならないことなのだろうか。どうして今のままでは、曖昧なままではいけないのだろうか。
 黙ってしまった俺をじっと見ていた千秋ちゃんは、やがてちょっと笑った。
「ああそうだった。実は花束があるんですよ。ほら」
 雰囲気を無理矢理変えるように、千秋ちゃんが傍らの椅子から持ち上げた花束は大きなものだった。
「……ありがとう」
「あと、星野先輩とお姉ちゃんの分もあるんですけど……、まったくあの二人はどこでいちゃいちゃしてるんでしょうね」
「そうだね」
 結局、俺は彼女に何も言ってやれなかった。つまりはそれが、俺の答えだった。



そこから生まれる物語/小説トップ
- ナノ -