たのしいひととき


「桂木?」
 監視部屋に入ると、なんでお前がとでも言いたげに佐倉さんが俺を見た。
「ああ、伊東くんに頼まれたんですよ、夜当番代わってくれって」
 たくさんのモニターが並ぶ前に椅子が二脚あるだけの狭い部屋。夜、この部屋で研究所内の監視にあたるのが通称夜当番だ。基本的には二人一組、順番は前もって決めてあるはずなのだが、当日になって代わってくれだのなんだのはよくある話だった。
「ふうん」
 疑問が解決すると途端に興味を失ったふうで、佐倉さんはモニターにつながる手元のボタンを操作した。どれくらいの所員が知っているかは分からないが実はモニターのうちの一つはただのテレビだ。そこからどうでもいいバラエティ番組が流れ出した。たいして興味はなかったがBGMとして聞き流すにはちょうどいい。
「伊東くん夜当番があなたと一緒だと分かるといつも、代わってくれって泣きついてくるんすよねー。ずいぶんビビってるみたいなんだけど何かしたんですか」
「別に何も」
「じゃあ単にあなたの得体のしれなさに恐れをなしてるだけかな。繊細だねえ」
「お前は繊細じゃないってわけか」
「やだなー。俺だって繊細っすよ?必要以上に人の目ばかり気にしてる、本当は辛くて辛くて仕方がないのに過剰なプライドが邪魔をして何一つ弱さをさらけ出せない、自分の苦しみにばかり目を向けていてすぐそばにある本当に大切なものに気付けない」
 ふと気が付くと今度は佐倉さんが薄く笑みを浮かべてこちらを睨んでいた。
「誰の話をしている?」
「誰の話って、もちろん」
 桐島さんの話だ。
「俺の話ですよ」
 俺はにっこり笑ってみせた。ちょうどいいタイミングでテレビからもわざとらしい笑い声が聞こえてきてますます可笑しくなった。
「へえ……」
 佐倉さんは視線をテレビにやって目の前に積んであるお菓子に手を伸ばした。夜当番に備えて持ってきたものだろう。相変わらずの甘いもの好きだ。俺も持ち込んだ雑誌を開いた。暇つぶしにといつも開くものだ。
「そういえば」
 俺は雑誌を見ながらひとりごとのように言った。
「愛情が足りなくなると、甘いものが欲しくなるんですってね。きっと、満たされない想いを、甘いものが代わりに埋めてくれる――」
 突然、目の前を鋭く何かが横切った。かつん、と床に落ちた音をたどれば、小さなチョコレートが一つ落ちている。
「何するんすか」
「愛情が足りてないんじゃないかと思ってな」
 佐倉さんはこちらを見ずに言った。俺は声を出さずに笑って、チョコレートを拾い上げた。顔に当たるか当たらないかのところを狙って投げつけてくるなんて、なかなかのコントロールだ。
「そりゃあどうも」
 包みを開いて俺はチョコレートを口に放り込んだ。こんなにたのしいひとときを、どうして伊東くんは嫌がるんだろうなあと思った。



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