お言葉に甘えて(1/2)


「だ――っ」
 あたしは布団を撥ね上げてがばりと起きあがった。もう一眠りしようと布団をかぶったはいいものの、全く眠くならないのだった。まあ確かについさっきまで寝ていたのだから当然といえば当然の話だ。
 やれやれ。
 ぼりぼりと頭を掻きながら一つ溜め息をつくと、手を伸ばしてベッド脇の台の上から鞄を取った。この台がまたこうしてベッドから手を伸ばして物を取るのにちょうどいい位置にある。
 鞄を開けてまずはとりあえず携帯を引っ張り出して見てみた。着信もなければメールもない。ていうか圏外だった。うわ、圏外の表示なんて初めて見たんですけど。
 時計を見れば学校を出てからだいたい二時間くらい経っていた。晩ご飯にはちょっと早いかな、くらいの時間だ。
「……」
 また一つ溜め息をついて、あたしは携帯を鞄に放り込んだ。さらに鞄も台に戻して再びのろのろと布団に潜り込んだ。
「ううう」
 ちょっとなんだか急に泣きたくなってきた。どうしてこんなことになってしまっているんだろう。ついさっきまで、いつもと変わらない一日を過ごしていたはずなのに。本当なら今ぐらいの時間だったらとっくに家に帰っていて、お母さんが夕ご飯の支度をしている音を聞きながらテレビを見たりしているはずなのに。
 今頃みんなどうしているんだろう。こんな時間まで連絡もなく帰らないことなんてまずないから、そろそろ心配になって友達とか学校とかに連絡したり、ひょっとしたら捜索願を出そうとしたりとかしてるんじゃないだろうか。いや、もしかしたらそれよりも先に身代金を要求する電話がかかってきているのかもしれない。何せあたしは悪の秘密組織に誘拐されているそうなのだから。
 そこまで考えて今度は逆に笑いたくなってきた。なんなんだ、悪の秘密組織に誘拐って。
「…………?」
 ん? 待てよ?
 確かに誘拐されたとは言われたし監視カメラもあるとまで言われた。けれどもあたしは別に縛られているわけでもなければ部屋のドアに鍵がかけられている様子もない。つまり誘拐されたにしてはあたしは、良く言えば自由、悪く言えば放ったらかしにされているような、そんな気がしたのだ。
 だったら。
 あたしは再びがばりと起きあがった。そしてちょうど顔の右側の窓にかかっているカーテンを少しめくって外の様子をうかがってみた。
 あれ?
 そこに見えたのは意外な風景だった。細い路地とその両側に並ぶ家。街灯や家の窓もぽつぽつと明るくなり始めている。悪の秘密組織だとかいうくらいだからきっと山の中とか崖の上とかそういった誰も寄りつかないような怪しい場所にあるんだろうと思っていたけれども、この感じはそう、いわゆる閑静な住宅街だ。
 さらに勢いよくカーテンを開けて全開にした。窓には一応鍵はかかっていたけれども普通のもので簡単に開いて、窓も全開にするとそこから身を乗り出して下を覗いてみた。するとどうやらこの部屋は二階にあるようで、真下を見下ろすとちょっと怖い。
 けれど。
 元通りに窓とカーテンを閉め直しながら、どうしようかな、と少し考えた。さっきちらっと思ったことがにわかに現実味を帯びてきたような気がした。そういえばさっき倉沢さんがお散歩でもしたらどうですかと言っていたのを思い出した。ならそのお言葉に甘えてちょっとこの建物の中を見て回ろうかと思った。例えば、もし一階のどこかに人目につきにくい裏口のような場所があったとしたら?
 あたしはくるりと方向転換した。ちょうど足下に揃えて置いてあった靴を履き、ぽんと勢いをつけて立ち上がろうとしたところでふと気がついて動きを止めた。
「あ、そうだ、えーと」
 呟いて、独り言にしては声が大きかったかなとか思いながらちらりと監視カメラを見た。この向こう側では今も倉沢さんか誰かがこの部屋を監視しているのだろうか。
「ちょっと、お散歩でも、してこようかな……」
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