ただ隣に


「大丈夫か、桐島」
「……佐倉」
 人気のない廊下の片隅で、桐島は膝を抱えてうずくまっていた。声を掛けられるとちらりと顔を上げてまた伏せ、微かに肩を震わせて笑った。
「どうしてここが分かったんだ。君は私にGPSでもつけてるのか」
「その様子なら大丈夫そうだな」
 やれやれと息をついて佐倉も隣に腰を下ろした。二人で廊下の壁にもたれて並んで座る形になる。
「そうだ、クッキーがあるんだ。食べるか?」
 桐島はまたのろりと顔を上げた。佐倉はポケットから袋入りのクッキーを二枚取り出して一枚を差し出していた。
「君はいつもそうやってお菓子を持ち歩いているのか」
「いや、今日はたまたまだ。ほら」
 桐島はクッキーを手に取った。佐倉は早速袋を破いている。
「――佐倉」
「ん?」
「すまない」
「……」
 佐倉は傍らの桐島を見た。桐島はただうつむき加減の横顔を見せていた。
「いや、まあ……、何かから、あるいは何もかもから逃げ出したくなるような気持ちは、分からなくもないし」
「そうだな……」
 時折、とても耐えられなくなる。決して消えることのない罪に、決して暴かれてはならない秘密に。
 いっそのこと断罪してほしいのに、自分はそうされるべきで、彼にはその資格があるのに、何も知らない彼はただ静かに笑って隣にいる。
「――すまない」
 泣いて、叫んで、何もかもぶちまけてしまう自分を何度空想しただろう。だが、決して言えない言葉はいつも、こうして内側だけで荒れ狂うのだ。



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