ウェルカム秘密組織(2/2)
「それで、我々は今、人間の特殊能力――簡単に言えば超能力ですね、それに関する研究をしています。その研究のいわば実験台として、あなたをさらってきたというわけです」
「へ?」
 超能力? 実験台? また一気に話が怪しくなってきた。
「いや、ちょっと待ってください、あたし超能力なんてありませんよ」
 超能力の実験? それで噂のK学園の生徒を狙ってさらってきたということなんだろうか。そういえばあの女の人も特殊な力がどうこうとか言っていたような気がする。やっぱり最初からしっかり主張しておかなければならなかったのかもしれない。あたしはいたって普通の中学生なんだってば。
「それでいいんですよ。今回の実験はいわゆる普通の人間に特殊能力を植え付ける、というものなのですから」
「…………」
 いわゆる普通の人間に、特殊能力を植え付ける実験の、実験台?
「ひょっとしてあたしに何かしたんですか」
「さすがですね。そこまで分かってらっしゃるんでしたら、話は早い」
 そう言うと倉沢さんはおもむろにポケットに手を入れた。取り出したのはテレビドラマでしか見たことのないような、
「拳銃に見えますが実際はライターです」
 ぎょっとしたあたしの前で倉沢さんはそれを上に向けて引き金を引いた。カチッと音がして先の方に火がつく。本当にライターだ。紛らわしいなあもう。
「確かにこれは普通の人が扱えば普通のライターなのですが」
 いや見た目が十分普通じゃないんですけどと内心ツッコミを入れていると、倉沢さんはそのライターをあたしに差し出してきた。
「え? なんですか?」
「これを、そっちの誰もいない方に向けて、引き金を引いてみてください」
 あたしは首をかしげながらも、ライターを受け取って言われたとおりに誰もいない斜め前の方に向けて引き金を引いてみた。
 ぼんっ!!
「ぎゃっ!!」
 あたしは思わず悲鳴を上げて手の中のライターを放り投げた。ライターからとてもありえない大きさの――ちょうどサッカーボールとかそのくらいの――火の玉が飛び出したのだ。ライターが爆発でもしたのかと思ったけれども床に落ちているライターは別に壊れているようには見えない。
「…………」
「素晴らしい」
 あたしは倉沢さんを見上げた。倉沢さんは何やら満足げにうなずいている。いやいやちょっとまってくださいなんなんですかこれはどういうことなんですか。
「つまりこれがあなたに新たに備わった特殊能力だということです。まあ簡単に言えば、エネルギーを増幅して攻撃に変える、といったところでしょうか。しかしこうも早く安定するとは思いませんでした。もっと寝込むとか暴走するとか狂うとかするかと思ったのですが。やはり素質があるのですね」
「やっぱりあれ本物なんじゃ」
 倉沢さんの謎のセリフはとりあえず無視してあたしはもう一度床に落ちているライターだか拳銃だか分からないものに目をやった。確かに倉沢さんが持っていた時はライターみたいに見えたけれども、もしかしたらあたしに渡す時に本物にすり替えたのかもしれない。
「いいえ。これはあくまで普通のライターです。改造も何もしていません」
 倉沢さんはそれを拾い上げるともう一度火をつけてみせた。さっきと同じように普通に火がついている。やっぱり見た目が紛らわしいだけの普通のライターだ。
「ただ、あなたが持つとこれも立派な武器になるというだけです」
 そう言って倉沢さんはまたあたしにそれを差し出してきた。けれどもとても受け取る気になれない。少しして諦めたのか倉沢さんはそれをベッド脇の台の上に置いた。
「あとは能力を制御できるようになれば完璧ですね。このライターは差し上げますので練習しておいてください」
「いりません」
「それでは私はひとまずこれで失礼いたします。といってもだいたい向こうの部屋におりますので、もし何かございましたらいつでもおいでください。そうそう、この研究所内でしたらご自由にされてて構いませんよ。寝てばかりだと退屈でしょう、お散歩でもされたらどうですか?」
「いや、ちょっと待ってください」
「ああそうだ、大事なことを忘れておりました。一応この部屋には監視カメラをつけさせていただいておりますので。ほらあちらです。分かりますか? ですので、くれぐれも変な真似はなさらないようにお願いします。お忘れかもしれないのでもう一度言っておきますが、あなたは我々に誘拐され、ここに捕らわれているのですからね」
「……」
「それでは、またのちほど」
 倉沢さんはあたしの言葉をことごとくスルーしながら言いたいことだけ言うと最後ににっこり笑って部屋から出て行ってしまった。なるほど確かに倉沢さんの言うとおり部屋の天井の隅には監視カメラのようなものがある。
 夢かと思ったら悪の秘密組織で病院じゃなくて研究所で特殊能力に拳銃にライターにお散歩に監視カメラ?
 もうなにがなんだか分からなくなってしまった。こんなときはいっそ寝てしまうに限る。あたしはもう一度布団をかぶって寝ることにした。



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