ウェルカム秘密組織(1/2)


「……は?」
 悪の秘密組織……?
 どうしよう。やっぱりあたしは夢をみてるんだ。五時間目の社会の授業中にもかかわらず爆睡してしまってるんだ。どうしよう。
「もう一度言っておきますが、あなたは今夢を見ているわけではありませんよ」
 男の人はそう言うけれども、考えてみればそれだって怪しいものだった。そうだ、たとえ夢の中の登場人物であっても、その本人が『これは夢です』だなんてまるで自分の存在を否定するかのようなことを言うだろうか。
「まあ簡単に説明しますと、あなたはここにさらわれてきたのです。ほら、覚えていませんか? あなた学校の近くで白い服の女性に会ったでしょう」
「あ」
 白い服の女性。確かにそれには心当たりがあった。きっとあの謎のセレブのことだ。ということは、
「あの女の人も夢じゃなかったんですか?」
「何を言ってるんですか、当たり前でしょう」
 そうか。やっと記憶がつながったような気がした。あたしは学校帰りにあの謎のセレブに出くわして、そこで恐らく気絶か何かさせられて、ここに連れてこられたというわけだ。この『悪の秘密組織』に。
「信じていただけましたか?」
 男の人は笑顔であたしを見ていた。白衣姿、白っぽい部屋に保健室みたいなベッド。
 ……あれ?
 保健室というよりもむしろ病院っぽいなと思ったところで、いや病院なんじゃないかなと思い直した。実はやっぱり本当はここは病院だったとかいうオチで、単にあたしはこの人にからかわれているだけなんじゃないかな。
「まあ、信じられないのでしたら、信じてくださらなくても結構ですよ。今のところは、ですが」
 あたしが黙っていたからか、男の人はちょっと笑ってそう言った。あたしは『実はここは病院じゃないのか』説をぶつけようとしていたところだったのにそれを遮られた形になってしまった。
「あの」
「ああ、失礼しました。私は倉沢と申します。あなたの世話というか教育というかまあそんなようなことを担当させていただきます。何か困ったことがありましたらいつでも言ってきてください」
 男の人――倉沢さんはそう言ってぺこりと頭を下げた。教育の二文字がちょっと引っかかったけれども、つまりはあたしの担当のお医者さんてことでいいんだろうか。
「えっと」
「一応お荷物は一通りそちらの棚に置かせていただきました。あと失礼ながら制服の上着だけは脱がせてあちらに掛けさせていただいております」
「はい」
 言われたとおり、ベッド脇には小さな机にもなりそうな高さの台があって、その下の棚になっているところにあたしの鞄が置いてあった。そういえば確かにあたしは上着を脱いだ制服姿で、その上着はちょうどあたしの後ろの壁にかけてある。
「もし寝心地がわるいようでしたら、パジャマか何か用意させますが」
「いえ、大丈夫です」
「それから一応お名前等を確認させていただくために、生徒手帳だけは拝見させていただきました。春日暁美さん、K学園中学の三年生だそうですね。あそこでしたらこういった変な事態にも慣れていらっしゃるのでは?」
「あはは」
 だからそれは誤解なんだけどなあ、と思いながらあたしは取りあえず笑っておいた。おかしいな、さっきからどうも話が倉沢さんのペースでどんどん進んでいるような気がする。ていうかあたしに質問をさせないようにしているような気がする。
「ところで、先ほどもちょっとお尋ねしましたが、どこか痛いところがあるとか、気分が悪いとかいうことはありませんか? 見たところ大丈夫そうだなとは思いますが」
「あ、はい。特にないです」
 確かにどこも痛くないし気持ちがわるかったりすることもない。むしろすっきり目覚めて気分はいいくらいだ。
「それはよかった」
 倉沢さんはひとつ大きくうなずいた。それじゃあもう帰っていいですよ、という話になるのだろうと思った。ところが、
「それでは、我々がなぜここにあなたをさらってきたのか、その辺のお話をいたしましょうか」
「え?」
 なんだか全然違う話が始まってしまった。
「あの、すみませんちょっといいですか」
「はい、何でしょう?」
 あたしは思わず手を上げて倉沢さんの話を遮った。今度はさすがに倉沢さんも聞いてくれる気になったらしい。小首をかしげてあたしの質問を待っている。
「ここって病院じゃないんですか? 倉沢さんは本当はお医者さんで、あたしをからかってるとかじゃないんですか?」
 いくらわけの分からないことに慣れてるって噂の学校の生徒だからといっても、ちょっといい加減にしてほしい。第一あれはあくまで噂であってあたしは別にしょっちゅう変な出来事に巻き込まれているわけでもないんだから。
「おやおや」
 すると倉沢さんは目を丸くした。ふざけているようにも本当に驚いているようにも見える。
「そんなふうに思ってらしたんですか? 意外と往生際が悪いですねえ。けれども残念ながら違いますよ。まあ、悪の秘密組織という言い方もちょっと大袈裟ではあるのですが。ここは病院ではありません。研究所です」
「研究所?」
「ええ。ほら、そう言われてみれば、この白衣もこの殺風景な部屋も納得ができるのでは?」
 あたしはもう一度部屋を見回してみた。確かに言われてみればそんなふうに見えなくもない。少なくとも悪の秘密組織よりはよっぽどあり得そうな気がする。
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