歓迎されても(2/2)
 言いながら伊東さんが紙コップにウーロン茶を注いでくれる。さらにその横からは吉岡さんが焼肉のタレを入れた紙皿を差し出してくれてあああすみませんとあたしはあたふたしてしまう。
「暁美ちゃん今日の主役なんだからさ、遠慮しないでもっと例えばマンゴージュースがいいとか言っていいんだよ? 伊東くんに買いに行かせるから」
「え? いいえそんな」
「あ、なんかそんな話してたら俺がマンゴージュース飲みたくなってきたなあ。ねえ伊東くん買ってきて」
「嫌ですよ」
「さて、今度こそみんな準備できたかな? じゃあ、かんぱーい」
 そしてあたしがあたふたしている間に歓迎会は始まってしまった。
「さ、暁美ちゃんもどんどん食べてねー。ちょっと奮発して高いお肉買ってきたからね」
「買ってきたのは僕ですけどね」
「大丈夫ですよ。毒など入っていませんので」
「はあ」
「あれ? 暁美ちゃんこういった飲み会初めて? 合コンとかしたことないの?」
「えっ?」
「そりゃ中学生なんですから合コンは行かないでしょ。そうだなあ……お誕生日会とかでしたらあるんじゃないんですか?」
「お誕生日会! やっべ! 何そのフレーズ超懐かしい!」
「ほら、たとえばお正月なんかに親戚のおじさんとかが集まって騒いでるじゃない。あれみたいなもんだから。適当にスルーしながら好きなもの食べてて」
「さすが吉岡くん! 発想が普通!」
「いや、どの辺がさすがなのか分からないです」
「あ、ねえ。せっかくご飯があるなら焼きおにぎりしようよ」
「誰が作るんですか。食べたいなら自分で作ってくださいよ」
「やっぱりせっかくの炊きたてご飯なんだからそのまま食べよう。ビールもいいけどやっぱ焼肉には白いご飯だよねー」
「なんでこの人はこうかなー」
 ……。
 大人たちが楽しそうにわいわいしているのをぼんやり眺めながら、あたしはただもくもくと食べたり飲んだりしていた。しゃべっているのは主に桂木さんと伊東さんで、倉沢さんや吉岡さんが時々加わったり加わらなかったりしていた。
 お肉は普通に美味しかった。野菜もご飯も飲み物も普通に美味しかった。そして、こうしてみんなでわいわいしている様もすごく普通の光景だった。親戚の集まりみたいなものだと吉岡さんが言っていたけれど、確かにそう思わせるようなアットホームな和やかさがあって、みんな普通の人に――いや、むしろ面白くていい人そうに見えた。悪の秘密組織だとかいうけれど、何か悪いことを企んでいるようにはとても見えない。
「ふふふ」
「どうかしましたか?」
 笑うあたしに気が付いたのか倉沢さんか声をかけてきた。あたしは正直に、
「いえ、なんかみんな普通にいい人そうだなーって思って。世界征服とかとても考えてるように見えないですよ。悪の秘密組織だなんてとても信じられないんですけど。やっぱり冗談だったんじゃないですか?」
 すると倉沢さんは苦笑いしてやれやれとばかりにため息をついた。
「困りましたね。まだそんなことを言っているのですか」
「……え?」
 ふと気が付くとみんなもあたしに注目していてあたしはぎょっとする。
「やだなあ、暁美ちゃんひょっとしてまだ信じてなかったの? ここは悪の秘密組織で、きみはその切り札だって話」
 桂木さんが笑って言った。さらには伊東さんや吉岡さんも加わって、
「なんで? カッコいいじゃない、悪の秘密組織」
「この世界の破壊と新たな世界の創造なんだよね」
「そうそう、一階が破壊担当で、二階が創造担当」
「だから世界征服とはちょっと違うかな。いや、結局最終的にはそういうことなのかもしれないけど」
「あれ? じゃあどうして彼女の件二階が担当なんですか? 能力からすればむしろ一階担当なんじゃ」
「二階は暇ですので」
「ていうか葵ちゃんが珍しくこの件には乗り気なんだよね。自ら担当を買って出たりしてさ」
「へー、そうだったんですか?」
「ええ、まあ……」
「あー、でもいずれは暁美ちゃんも一階に行くことになるんだねー」
「そうですね。実戦ともなれば」
「じゃあその時はお別れ会やろう」
「それ単に宴会したいだけじゃないんですか?」
「いやいやそんなことないよー」
 みんなはまたわいわい騒ぎ始め、あたしは呆然とそれを聞いていた。その雰囲気は楽しそうだ。さっきまでと――お肉やジュースや焼きおにぎりの話をしていた時と全く変わらない。ただ、その話の内容が、いかにも悪の秘密組織らしい非日常的なものになってしまっただけで。
 あ、これはヤバい、と思った。
 箸も止まってしまった。なんだろう、すごく、おかしい。
「あれ? 暁美ちゃんどうしたの? お箸が止まってるよ?」
 そう言って桂木さんはさっきと同じように笑っているけれど。
「あ、ちょっと桂木さん、お肉ばっか食べてないで野菜も食べてくださいよ」
「え? このコゲコゲのキャベツ伊東くんのじゃないの?」
「勘弁してくださいよー」
「だいたい伊東くん野菜切りすぎだよね。焼肉なんだから肉だけでいいのに」
「それはちょっと色どりとか栄養バランス的にどうなんですかね」
「出た! 伊東くんの意外と真面目な一面!」
 いつの間にか話はまた何でもないことに戻っていたけれど、それももうなんだか不気味なものに見えてくる。
「お分かりいただけましたか?」
 倉沢さんが言った。
 そう、普通っぽくていい人そうだなんてとんでもなかった。その普通っぽさこそが、彼らの一番異常なところだったのだ。
「ここはそういう場所なのですよ。焼肉もビールも世界の破壊も創造もすべて同じレベルの日常なのです」
 それは、わざとらしく演出されたものよりもよっぽど気持ち悪いものに思えた。



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