ここはどこ?…ここはどこ?


 どうやら、さっきの謎のセレブは夢だったらしい。
 なぜなら、気がつけばあたしは、まあそこそこ居心地のいい布団の中にいて、ぼんやりと天井を見上げていたからだ。
 ただ、おかしいのは、布団も天井もいつも寝ている自分の家の自分の部屋のものではない、全然覚えのないものだということだった。布団は寝心地が全然違うし、正方形のパネルが並べられたような天井も自分の部屋の板張りの天井とは全然違う。
 あたしはごろりごろりと寝返りをうってみた。右側は壁とカーテンの閉められた窓、左側は、シューズでこすったらキュッといいそうなつやつやした床を挟んで、結構離れたところに壁と窓とドアがひとつ。左側の窓にはカーテンはついていないようで、さらに向こうの外側には廊下っぽいものとまた窓が見えた。外は明るい。朝なのか昼なのか夕方なのかは分からないが少なくとも夜ではないらしい。
 うーんと伸びをしてあたしは起き上がってみた。そこは殺風景な部屋だった。あたしが寝ていたのは布団というかベッドで、その他には特に何もなかった。しかし天井を眺めていた時にも思ったけれど、この部屋は結構広い。印象としてはちょうど教室一つ分といったところだった。そういえば天井に取り付けられた棒状の蛍光灯とか窓の向こうに廊下があるみたいなところもなんだか教室っぽい。
 しかしまたどうしてあたしはこんなところで寝ているのだろう。当然ながらあたしにはこんなだだっ広い部屋でおやすみなさいと布団に入った記憶などない。
 あたしは今朝起きてから今日一日のことを思い返してみた。朝はいつもかけている目覚ましで起きて、朝ごはんはパンを食べて、いつもの時間のぎゅうぎゅう詰めのバスに乗って学校に行った。午前中の時間割は数学音楽国語体育、お昼は友達の美紀ちゃんと食べた。あたしは購買で買ったカツサンド、美紀ちゃんは最近家庭科部みたいなものに入ったとかで手作り弁当それも相当手の込んだキャラ弁だった。そういえばそのキャラについて何か熱く語ってたなあ。
 昼からは五時間目が社会でとっても眠かった。六時間目の理科のときはそこまでなかったけれども。ほんと五時間目に社会とか何の陰謀だろう。放課後はあたしは図書委員の仕事で美紀ちゃんは部活だから普段は一緒に帰るのだけれども、今日は美紀ちゃんは見たいテレビがあるとかで先に帰ってしまった。録画とかしておかないのと聞いたら録画しながらリアルタイムでも見るのだという。けど部活はいいのかなあ。そういうわけで帰りは一人で帰っていたらその途中で謎のセレブに遭遇して……て、あれ? あのセレブって夢だったんじゃなかったっけ?
 どうも途中から記憶がおかしい。まさかこれがいわゆる記憶喪失ってやつだったりするのだろうか。ここはどこ? あたしは誰?
 しかし、ここはどこ? の方はまるで分からなくても、あたしは誰? の方には簡単に答えが出た。春日暁美、十四歳。K学園中学三年生。家は学校からバスで二十分くらいのところ、家族はお父さんとお母さんとお姉ちゃん、学校で一番の友達は同じクラスの木下美紀ちゃん。
 記憶喪失でもないとすると……、ひょっとしてあたしはまた夢をみているのだろうか。夢の中で目が覚めたと思ったらまた夢だったとか、夢の中でこれは夢だと気付くとか、そういう話もどこかで聞いたことがあるし。そうだ、実は本当はまだ五時間目の社会の授業中で、あたしは授業中にもかかわらず爆睡してしまっているのかもしれない。
 これはやばい。夢なら覚めないと。ていうか早く起きないと。社会の木原先生は怒らせると怖いのだ。
 といっても夢から覚めるなんてどうすればいいんだろう。あたしは取りあえずほっぺをたたいたりつねったりしてみた。しかし目が覚める気配はない。むしろ痛い。夢なのに。両手で頭をぽかぽかたたいてみてもやっぱり痛いだけで何も変わらない。
「やばい〜やばい〜」
「何をやっているんですか」
「うへっ?」
 すると突然声がしてあたしは思わず変な声をあげて声のした方を見た。すると部屋のドアが開いて人が入ってきていた。
「目が覚めたようですね。おはようございます、気分はどうですか?」
「…………」
 その人はにこやかに笑ってまたあたしに話しかけながらこちらに歩いてきた。あたしはぽかんとその人を見た。入ってきたのは白衣姿の、たぶん男の人だった。髪が肩を越してたぶん背中ぐらいまで長いのだがそれがとても似合っている。すごい、こんなに長髪が似合う男の人初めて見た。ていうか長髪の似合う男の人なんてマンガとかアニメの中だけのことだと思ってた。
「どうされましたか?」
 男の人は首をかしげるように少し体を傾けた。うわ、やっぱり髪サラッサラだよ、いいなあ。あたしは思わず自分のショートヘアーに手をやった。これまで何となくずっとこの髪型だったけれども、あたしもちょっと伸ばしてみようかな。
「特に痛いところとか、気分が悪いとかありませんか? ていうか話聞いてますか?」
 いや、髪の毛綺麗ですね、と言いかけてあたしはハッとした。そうだ、こんなことしている場合ではない。
「早く起きないと大変なことに」
「は? 何を言っているんですか」
 しまった、考えがつい口に出てしまったらしい。男の人は目を丸くしている。慌てて取り繕おうとしてふと思った。そうだ、この人に聞いてみよう。
「あの、夢の中で、自分が夢をみていると気付いたとして、その夢から覚める方法って知りませんか?」
「え? 夢? ……ああ、夢ですか」
 すると男の人は少し考えて、
「そうですねえ……、夢の中で夢から覚める方法は知りませんが、少なくとも、あなたは今夢をみているわけではありませんよ」
 そう教えてくれた。
「……夢じゃないんですか?」
 あたしはまた訳が分からなくなった。夢じゃないって、何が?
「ええ、夢じゃありませんよ」
 ところが男の人は当然だと大きくうなずいてくれる。それじゃあ今あたしはちゃんと起きていてこれは現実だということでいいんだろうか。まあ確かにほっぺつねったら痛かったしなあ。
 実は五時間目の授業中に爆睡しているというわけではないというのは良かったけれども、これでは結局最初の疑問に戻っただけだ。それじゃあどうしてあたしはこんなところで寝ていたのだろう。どうも記憶がおかしいのはいったいどういうことなのだろう。夢じゃないというのなら、いったい何がどうなっているのだろう。
「あの……」
 そうだ、記憶喪失じゃないけど、それこそ。
「ここはどこなんですか?」
「ああ、ここですか?」
 すると今度は、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、にっこり笑って答えてくれた。
「悪の秘密組織です」



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