歓迎されても(1/2)


 それじゃあもうお部屋に戻っていいわよ、と遙さんに言われてあたしはとぼとぼとさっきの部屋に戻っていった。いろんな話を聞きすぎてもういっぱいいっぱいだ。
「お帰りなさい」
「ひっ」
 教室みたいな扉をぼーっとしながらガラガラと開けると、誰もいないはずの部屋の中から声がしてあたしは悲鳴を上げた。
「お散歩はいかがでしたか?」
 いたのは倉沢さんだった。ベッドの脇にパイプ椅子を広げて腰掛け、驚くあたしを気にするでもなくにこにこしている。
「な、なにやってるんですか」
「夕飯の用意ができましたので呼びに来ました。今夜は特別にあなたの歓迎会をしたいと言い出した人がいましてね」
「え?」
 あたしは時計をちらりと見た。言われてみれば確かにもう夕飯時だけど。
「……歓迎会?」
 そのフレーズには違和感しかない。
「ええ。あっちの部屋で準備していますので行きましょう」
 あたしの戸惑いをよそに、倉沢さんはどっこらしょと椅子から立ち上がると、あたしを案内するようにさっさと部屋を出てしまった。仕方なくあたしもその後についていく。今戻って来たところなのになあ。
 倉沢さんの言う『あっちの部屋』は、あたしのいた部屋を出て、エレベーターとかを挟んで隣の部屋だった。ていうかエレベーターなんてあったんだな、ここ。エレベーターの扉には『機材専用。人は階段を使いましょう』なんて冗談みたいな張り紙がしてあったけど。ちなみにその階段はさらに向こう、廊下の突き当たりのところにあるようだ。反対側の端にもあったから、その配置もやっぱりちょっと学校に似ているかもしれない。
「こちらの部屋は基本的にはいつも私と私の直接の上司に当たる人の二人しかいないのですが、今日は歓迎会だということで他にも何人か集まってくれました」
 そんなことを説明しながらあたしを案内するように先を歩いていた倉沢さんが、さっきの部屋と同じような、ガラガラと横に開く扉を開けた。
「あっ。暁美ちゃんだ!」
「へっ?」
 扉が開くといきなり名前を呼ばれた。くるりと椅子を回してこちらを向いた白衣姿の男の人だ。髪が茶髪というかほぼ金髪でちょっとびっくりする。まあ顔立ちは日本人だから単に染めてるだけなんだろうけれど。そしてその声で気が付いたのか、こちらに背を向けていた大柄な人とビニール袋から飲み物を出していた人がちらりとこちらを見た。あとちょっと離れたところで何か作業をしている人も、ああ、とこちらを振り向いてちょっと頭を下げるとまた作業に戻ってしまった。みんな倉沢さんと同じような白衣姿で、向こうの方にいる一人以外は理科室にあるような作業台を囲むようにしていた。一見まるで実験でもしているかのようだったけれども、作業台の真ん中にはホットプレート、その横にはお肉とか飲み物なんかが雑然と置かれている。どうやら焼肉をするつもりらしい。
「とりあえずひととおり簡単に紹介しておきましょうか。まずあの金髪のなれなれしい人が桂木さん。先ほども少しお話ししました、一応私の直接の上司に当たる人で、この部屋のヌシみたいな人です。それから、あちらの熊みたいなのが大野さん、その隣のこれといって特徴のない人が吉岡さん、そして向こうで恐らくは野菜か何か切らされているのが伊東さん。彼らは本来は一階、こことは違う部署に所属している人たちです。とまあいきなりいろいろ言われても覚えられないでしょうし、別に覚えてくださらなくても結構ですよ」
 倉沢さんがそれぞれを紹介してくれる。なんだかうまく特徴を言い当てていておかしかった。
「ちょっと葵ちゃん、なんか紹介の仕方に悪意があるんだけど?」
 金髪の人――桂木さんが笑いながら言った。葵ちゃん?とあたしは倉沢さんを見上げた。倉沢さんは苦笑いしている。後で改めて訊いてみたところ、倉沢さんのフルネームは倉沢葵というそうだ。
「はいはい、お待たせしましたねー」
 言いながら向こうから伊東さんがこっちにやってきた。手にしたお皿には山盛りの野菜。倉沢さんの言ったとおりだ。
「とりあえずこの辺にでも座っててください」
 と、倉沢さんががらがらと椅子を引いてすすめてくれた。職員室なんかで見るようなキャスターつきの回転椅子だ。
「あ、はい」
 さらにちょうどいいタイミングでご飯も炊けたらしく、お知らせの軽やかな音楽が聞こえてくる。見ると近くの机の上に炊飯器も乗っていた。
 ホットプレートに炊飯器って……なんなんだここは。
 あたしはぐるりと部屋を見渡した。その部屋は半分理科室半分オフィスみたいな感じだった。さっきの部屋と同じくらいの広さなんだろうけれど人や物が多いせいか少し狭く感じる。前の方にはオフィスのような大きなデスク、後ろの方には理科室のような作業台が並んでいて、壁際にはキャビネットが並んでいた。よく見ると他の机や作業台の上には書類や本やファイルが積み上げられていたし、壁際のキャビネットにも本やファイルが詰め込まれている。ということはホットプレートや炊飯器は普段から置いてあるというよりは今日のこのためにどこからか持ってきたのかもしれない。けれども、普段からそういったものが置いてあってもおかしくないような妙な生活感もあった。
「どうかしましたか?」
「いえ……」
「よし、それじゃあみんなそろったことだし始めようか! みんなとりあえずビール持ってー」
 早速とばかりに缶ビールを掲げて桂木さんが言うと、
「いや未成年にビールはだめでしょ。えーと、とりあえずコーラとオレンジジュースとウーロン茶と買ってきたんだけどどれにする?」
 と、伊東さんがあたしに紙コップを差し出してくれながら言った。
「そうだ、今のうちに伊東くんのビールに焼肉のタレ入れちゃおう」
「はいそこの桂木さーん聞こえてますよーやめてくださいねー」
「えーと、ウーロン茶でいいです」
「そう? ごめんね、普段ソフトドリンクとか買わないからよく分かんなくて」
[←前] [次→]

そこから生まれる物語/小説トップ
- ナノ -