お月見


「そういえば今日ってさ、いわゆる中秋の名月ってやつなんだよねー」
「え、そうなんですか」
 桂木さんのつぶやきに振り向くと桂木さんはいつものように雑誌をぱらぱらめくっていた。
 中秋の名月。お月見の日だ。そういえばそろそろなんじゃないかなあとは思ってたけど、今日だったんだな。
「じゃあ、お月見しないとですね」
「お月見?」
「ええ。お団子とススキ用意して」
 俺は去年まで家でやってたお月見を思いだしながら言った。でも、お団子なんてここにあるのかなあ。ススキは確かその辺に生えてたと思うからいいけど。
「え?りょーちゃんそんなことすんの?」
 ところが桂木さんからは驚いた様子でそう言われ、逆に俺も驚いた。
「え?やらないんですか?うち毎年やってましたけど」
 最初は親父がやろうと言い出して。親父がいなくなってからも透さんがなんだかんだと用意して。
「へー。今時珍しいね」
「そうですか?」
「まあ俺もせっかくだから今日ぐらいは月でも見てみようかとは思ってたけどさ」
 桂木さんは雑誌を閉じて伸びをしながら言った。
「お団子飾ってお月見かあ。たまにはそんなのもいいかもね。やってみようか」
「でもお団子なんてありましたっけ?ススキはその辺に生えてたみたいですけど」
「そんなの伊東くんに買いに行かせりゃいいんだよ。よし、今年は本格的にやるぞー」
 急に桂木さんは張り切り出した。伊東さんからは文句を言われそうな気がするけれども、俺もなんだかちょっと楽しくなってきた。
 同時に、親父や透さんのことを思い出して、なんだか少しだけ寂しくなった。



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