どかーん


「あのさ、須藤くん。ちょっと変なこと訊いてもいい?」
 隣に座る暁美ちゃんがかき氷をつつきながらちょっと下から僕を見上げるようにして言った。うわやばい上目遣いやばい。
 暁美ちゃんというのは僕の可愛い可愛い彼女だ(ちなみに普段話すときは名字の方で春日さんと呼んでいる。なかなか名前で呼ぶのに切り替えるタイミングというのは難しいものだ)。今日は二人で夏祭りに来ている。バレンタインの時にチョコレートをもらって、それからなんかいろいろあったけどだんだん少しずついい感じになってきて、ようやく今日が記念すべき初デートになる。
「何?」
「あのね、今日お祭りに行くときにね、友達とか家族とかには、彼氏と一緒に行くの?て訊かれたの」
「うん」
 暁美ちゃんは少し頬を染めているように見える。いや辺りはもう暗いからあまりよく見えないんだけれどもきっとそうだ。そうだよなあいくら本当のことでも周りから言われるとやっぱり照れくさいよなあ。
「でも、あたし、なんだか素直にうなずけなくて」
 あれ?
「え、なんで」
「だって、周りはそう言うけれど、実際はどうなのかなって、思って。確かに、学校では話とかして、たまにメールとかもして、普通のクラスメートとかよりは仲良くなれたかなって思うけど、でも、まだそれだけなんじゃないかなあって思ったりもして」
 え?ちょっと待って何言ってんの?
「ねえ須藤くん」
 暁美ちゃんはうつむいてしまった。
「あたしたちって、その、つ、付き合ってるって、言って、いいのかな?」
 僕の頭は真っ白になった。
「えっ、ちょっ、ちょっと待って春日さん何言ってるのさ!」
 なんなんだこの展開は。いい感じだなあって浮かれてたのは初デートだって浮かれてたのは僕の方だけだったってこと!?
「だって、まだちゃんと告白みたいなこともしてないような気がするし」
 て、あのバレンタインチョコが告白じゃなかったの!?
「ぼっ、僕は!僕はずっとそういうことだって思ってたけど!ていうかぶっちゃけ確かにバレンタインにチョコもらうまでは僕も春日さんのことはちょっと仲のいいクラスメートぐらいにしか思ってなかったけどそれ以来なんかもう超意識してるし、今日だってずっとメールするのに何て書いて送ろうとかいつ送るのがいいんだろうとかいろいろぐるぐる悩んで結局何時間もついやしちゃったし、メールの返事が来たときは思わずヒャッホーとか言っちゃうくらい嬉しかったし、楽しみすぎて何十分も前に待ち合わせ場所に着いちゃったし、浴衣で来てくれた時は正直やった浴衣キター超可愛いって思ったし、一緒に歩いてる時だってどのタイミングで手つなごうかとかそんなことばっかり考えててもう全然お祭りどころじゃなかったし、今だってこんななんか薄暗いところで一緒に並んで座っててもし春日さんが疲れちゃったなんて言って僕にもたれかかってきたらどうしようウヒャーとか考えちゃって全然落ち着かないし、ていうか本当は春日さんじゃなくて暁美ちゃんって呼びたいし須藤くんじゃなくて明良くんって呼んでほしいし――て、あ」
 しまった。
 ふと我に返ると暁美ちゃんがぽかんと僕を見上げている。ど、どうしよう。つい興奮してなんだかいろいろと余計なことまで口走ってしまった気がする。
「いや、その、えーと」
 気がつけばどうやら僕は勢い余って立ち上がってしまっていたらしい。かといって座り直すタイミングも計りかねて突っ立ったままだ。
「ふふふ」
 しばらくそうやって突っ立っていると、やがて暁美ちゃんが笑った。
「ごめんなさい。ありがとう」
 ああ、そうか。何となく分かったような気がした。
 確かに僕は告白されたと思うけれど、よく考えてみれば僕の方からはまだ何も言ってなかったんだ。ごめんなさいは僕の方だ。
「いや、あの、僕の方こそ、ごめん」
 僕は少し情けない気分で暁美ちゃんの隣に腰を下ろした。
「えーと」
 暁美ちゃんをちらりと見る。けどすぐ視線をそらしてしまう。何だか急に顔が熱い。冷やそうと思って置いてあったかき氷のカップを手に取ってみるけれども残念ながらもうとっくに食べてしまっててからっぽだ。
「あの……」
 そうだよな、告白しなきゃ。そう思ったんだけれどもいざとなると何も言葉が出てこない。さっきあれだけまくしたてたのが嘘のようだ。
「えーと。その……、よ、よろしくお願いします」
 結局僕はそう言ってぺこりと頭を下げただけだった。
「はい。よろしくお願いします」
 けれども暁美ちゃんは分かってくれたようで、笑顔で同じように頭を下げてくれた。
 その時、ふと辺りを照らすお祭りの明かりが少し暗くなった。あ、と暁美ちゃんが隣で空を見上げた。
 ひゅるるるるるるるる〜〜〜〜、どかーん。
 そして花火が次々に上がった。まるで僕らが盛大に祝われているようだと思った。



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