浴衣で夏祭り


「おい透!早くしろよ!」
 ふすまの向こうから涼の苛立った声が聞こえてくる。
「ごめんね、もうちょっと待ってて」
「ったく、いつまでかかってるんだよー」
「こら涼、おとなしく待ってなさい」
 今日はぼくと兄貴と涼の三人で夏祭りに行こうということで、ぼくらはその支度をしていた。今はぼくが兄貴に浴衣を着せてもらっているところだ。
 浴衣なんていいよ、とぼくは言ったのだけれども、夏祭りは浴衣で行くもんだろうと兄貴が言って聞かなかったのだ。兄貴は変なところで頑固だ。
「兄貴もごめんね、結局任せちゃって」
「別にいいさ。それにしても透は意外と不器用なんだなあ」
 ぼくだって最初は自分で着てみようとしたのだ。けれども帯を結ぼうとしたところでどうにもうまくいかなくなって兄貴に助けを求めることになり、兄貴からしてみればぼくの着方はどうも不格好だったらしく結局最初からやり直しということになってしまったのだ。
「だって浴衣なんて着るの初めてだよ。普通に着ててさらに着付けまでできる兄貴の方がすごいと思うなあ」
「ははは、そうかな」
 笑う兄貴はとっくに浴衣姿だ。似合うというか着慣れている風でなんだかすごく様になっている。
「よし、できたぞ」
 兄貴は言って帯の結び目をぽんと叩いた。ぼくは鏡の前に立ってみる。
「どうだ?」
「うーん。なんか変な感じ」
 見慣れていないせいかもしれないけれどもどうも着せられてる感が強くて、着てるのは一応大人の男性もののはずなのになんだか子どもが仮装しているようにも見えてしまう。隣に立つ兄貴とは大違いだなあ。
「いや、なかなか似合ってるぞ」
「そう?」
「ねー、準備できた?」
 着替え終わった気配を察したのか、ふすまが開いて涼が顔をのぞかせた。こちらはいかにも子どもらしくて可愛らしい浴衣姿だ。
「ああ、ごめんごめん、お待たせ」
「できたんなら早く行こうぜ早く」
 言いながら涼は兄貴の手を引いた。そんなに急がなくても、と兄貴は苦笑いしている。少し離れたところから見た兄貴と涼の後ろ姿はまるで本当の親子のようだ。
「どうしたんだ透、行くぞ」
 兄貴が振り返ってぼくを呼んだ。
「うん」
 ぼくはうなずいて二人を追った。けれどもなんだかぼくの入る隙などないように見えて、少しだけ寂しいような気がした。



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