川辺さんの夏祭り


 どうやら今日は近所でお祭りがあるらしい。
 日が傾くにつれて少しずつ人通りが多くなってきているような気がする。中には浴衣姿もある。いつもと違う様子になんとなく居心地の悪さを感じて、今日は少し早めにここを離れようかと思っていた時だった。
「あ、いたいた。川辺さーん」
 浴衣姿の女の子が、おれの方に駆け寄ってきた。よくここで顔を合わせる女の子だ。夏休みに入ったせいなのか会うのは少し久し振りだった。そういえば名前を聞いていないような気がする。
「あれ?どうしたんだい?お祭り?」
「うん」
 彼女はにこにこと笑顔でうなずいた。
「そうか。可愛いな」
「えっ」
「浴衣」
 からかうように褒めてやると彼女の笑顔がちょっと照れたようなそれになった。確かに浴衣はよく似合っていた。中学生だと言っていたようだがそれよりも少し大人っぽく見える。女の子は不思議だなあ。
「えへへ。ありがとう」
 きっとおれもつられたように笑顔になっているんだろうと思う。さっきまでの居心地の悪さも嘘のようになくなっていた。
「いやいや、こちらこそありがとう」
「え、何が?」
 おれが礼を言うと彼女はきょとんと首をかしげた。何がと言われてもそれはうまく形にならなくて、冗談でごまかすことにした。
「だって、浴衣姿をおれに見せに来てくれたんだろう?」
「えっ!?いや別にそういうわけじゃ!じゃなくて、えーと」
「ああでも君の彼氏には申し訳なかったな。先に浴衣姿を見てしまって」
「いや、彼氏とかそんな!その……」
「え?だって彼氏と行くんだろう?お祭り」
「うううー」
 彼女は赤くなってちょっとこちらをにらみ付けている。思った以上にからかうのが楽しい相手だと思った。
「もー。今日の川辺さんなんかいじわる」
「そうかな?」
 確かに、もしかしたらおれも少し浮かれているのかもしれない。だって今日はお祭りなのだ。
「川辺さんはお祭り行かないの?」
 無理やり話題を変えるように彼女が訊いた。
「ああ、そうだなあ……、そういえばお祭りなんてもう何年も行ってないような気がするなあ」
 最後に行ったのはいつだっただろう。ぼんやりと思い返して少しだけ切なくなる。
「久し振りに行くのもいいかもしれないな」
 そうだ、たまには人込みに紛れてみるのもいいかもしれない。もしかしたら、そこで懐かしい姿をちらりとでも見掛けることができるかもしれない。逆に向こうがこちらを見つけることになっても、それはそれでいいのかもしれない。
 だって今日はお祭り。そこにあるのはささやかな非日常なのだから。



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