サイテー


「ひょっとしたら俺、お前となら結婚できるんじゃないかと思うよ」
 と、佐倉が言った。
「恋人は無理でも、家族にだったらなれそうな気がする」
 そして彼はさらに続けてそう言った。淡々としたその口調は特にいつもと変わらず、別にからかっているわけではないらしい。けれどもその様子が逆に可笑しくて私は笑った。笑って、言ってやった。
「なにそれ、サイテー」
 だって。
 まるでプロポーズのようなセリフだが、彼が言っているのは結婚は結婚でもいわゆる「偽装結婚」だ。自分でも「恋人は無理」と前置きしているとおり、そもそも私と彼との間に恋愛感情など存在しないし、さらに言ってしまえば彼の場合誰に対してもそんな感情など存在し得ないらしい。自分以外のことはどうでもいい。それが彼のスタンスだった。
 ついでに付け足せば、彼の事情までは知らないが今時偽装までして結婚しなければいけないような状況などそうそうあるものでもない。つまりそれは本当にただの例え話でしかないということだ。
「そうかな、やっぱり」
 ただ、彼本人もそこのところは少しは自覚しているらしい。少し困り顔にも見える彼に、私は今度はにっこりと笑いかけた。
「嘘よ」
 サイテー、と言ったのは半分本当で半分嘘みたいなものだった。偽装結婚だったらできるかも、だなんて、しかもそんなことを真面目に面と向かって言うなんて、確かにある意味サイテーなんじゃないかと思う。けれど。
 きっかけなんてもう忘れてしまったが、私と彼とは昔から何となく一緒にいた。むやみにべたべたしない関係は私にとって居心地のいいものだったし、恐らくは彼にとってもそうだったのだろう。言ってみれば空気のような存在、だなんて、確かにある意味夫婦みたいなものなのかもしれない。
 どうでもいいから適当に人と関わり、どうでもいいから人を簡単に切り捨てる、そんな彼からそんなふうに言ってもらえるなんて。
「光栄だわ」
 それは破格の待遇だった。



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