気掛かり


「おや、定期連絡ですか」
「うん」
 手紙のようなものを読んでいる波多野さんに私はそう声をかけた。定期連絡――それは私の後任として研究所に送り込んだ仲間からのものだ。
「後で私にも読ませてもらえますか?」
「あー、いいよ。もう読んだから」
 ひらりと手渡されたそれに私も目を通してみた。特に変わったことはないらしい。彼もだいぶ向こうに慣れてきたようだ。
「返事は書いたんですか?」
「いや、まだだけど。あ、そうだ。倉沢くんから何か涼くんに伝えたいこととかない?例えばアドバイスとか、何かやってほしいこととか」
「ああ、そうですね……」
 そう言われて、ふと気になったことがあった。
「そういえば、研究所の掃除は今誰がやっているんでしょうね」
「え?掃除?」
「ええ。私、向こうでは掃除担当だったんです。というより、他に誰も掃除なんかやろうともしなかったというか」
 いや、別に研究室内などはどうでもいい。奴等がどんな環境に置かれていようと知ったことではない。ただ、気掛かりなのはあの部屋のことだった。まるでおとぎ話のパロディのように透明な棺で眠り続ける彼女のことだった。恐らく私が研究所を出てから誰もあの部屋には入っていないはずだ。埃の積もったあの部屋を想像して少し、申し訳ない気持ちになった。
「掃除ねえ……。まあ倉沢くんらしいといえばらしいけど。じゃあ、どうする?涼くんにお掃除当番お願いしとく?」
 私の気分をよそに波多野さんは苦笑いしている。私も複雑な気分を隠して答えた。
「いえ、言わなくてもいいですよ。別に奴等がどんな環境に置かれようと知ったことではないですし」
「相変わらず厳しいねえ」
 ただ、忘れ去られたような彼女を想像すると、それは少しだけ悲しいような気がした。



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