内緒よ


 研究室から出た私をまるで待ち伏せしていたかのように彼女はそこにいた。いや、実際待ち伏せしていたのだろう。彼女はいつもそうだった。
 銀色のゆるくうねる髪、白いワンピース。今は背に翼はないが、そこにいたのは『天使』だった。この研究所がつくりだした七体の『天使』の一つ、ガブリエルだ。
 確かにそこにいたのはガブリエルだった。だがそれだけではなかった。『彼女』は天使の中に入り込み、何食わぬ顔でそこにいるのだ。
「今日はガブリエルですか」
 私が呟くと彼女はただにっこりと笑った。彼女はまるで服を着替えるかのように、入り込む天使を変える。だが特にこのガブリエルが気に入っているようだった。
「何の用ですか」
「なによ、その言い方」
 彼女と話をしているところはあまり人に見られたくなかった。別に迷惑だとまではいわない。彼女はある意味私の同志だった。だが、いや、だからこそ、あまりおおっぴらに関わるのは控えたいのだ。
「まあいいわ。ちょっと来てくれる?」
 彼女は私を誘導するように歩き出した。あまり人気のないところに向かっている。少しは気を使うようになったのかと思っていると、彼女はひとつのドアの前で立ち止まった。
 ……ドア?
 私は辺りを見回しふと首をかしげた。こんなところにドア――部屋などあっただろうか。
「内緒よ」
 私が彼女を見ると彼女はそう言ってまたにっこりと笑った。そして当たり前のようにそのドアを開けた。
「ここはね、私が許した人にしか見えないし、入れないの」
 その部屋は、二人が入るのがやっとというくらいの狭い部屋だった。いや、もとはもう少し広いのかもしれない。部屋を狭くしているのは何やら様々な機械と、
「これは」
 透明な棺のようなものが腰ぐらいの高さに設置されていた。中には一人の女性。その姿はどこかしら、傍らにいる天使に似ている気がした。
「生きてるわよ。眠ってるだけ。その辺のごちゃごちゃした機械には触らないで。下手なまねしてほんとに死にでもしたら呪い殺してやる」
 彼女が言った。私は傍らの彼女を見た。
「そうよ。そこにいるのは私。私が取り戻したい、本当の私」
 私が何か言う前に彼女はうなずいた。そしてどこか寂しげに微笑んだ。
「ガブリエルはね、ちょっと私に似せて作ってもらった天使なの。だから気に入ってるのよ」
 自分を取り戻したいだけ――前にも彼女が語っていた、ここに私を呼び寄せた理由。それは比喩でもなんでもない、文字通りの意味だった。
「それで、私に何を」
「別に。ただ……そうね、たまにはここに来て掃除してくれないかしら。誰も掃除してくれないから」
「掃除ですか」
 言われてみれば確かに部屋は埃っぽいような気がした。ここに入れる人間が何人いるかは知らないが、
「……分かりました」
 せめて私ぐらいは彼女に会いに行ってやろうと思った。あくまでも、掃除という名目で。



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