身代わりの影
目覚めると、隣には誰もいなかった。
あの人はいつもそうだ。きっと、何も見えない夜のうちに、ここから立ち去っている。
すっかり日は昇り、光は明るくこの部屋を照らしている。気怠い体を起こすと、ゆうべの熱が、奥で軋んだ。
光は明るくこの部屋を照らしている。程よい広さに、ひとりきりだと、思い知る。
いつからだったか、こうして互いを貪るようになったのは。
いつからだったか。
互いに違う影をかさねて、かなわぬ想いの身代わりに。
目覚めるといつも、あの人はいない。きっと、何も見えない夜のうちに、ここから立ち去っている。
思い知りたくないのだろう、抱き締めていた影が、身代わりにすぎなかったことを。
だって、思い知りたくなかった。抱き締めていた影が、身代わりにすぎなかったことなど。
だからこれは、あの人のわがままだった。そして、おそらくは。
せめてものやさしさだった。
だから。
いや、だけど。
歯をくいしばる。叫ぶものか、と歯をくいしばる。
ゆうべの影を思い出す。熱が、胸の奥で暴れ出す。かたく閉じた目から、堪えきれずに溢れ出す。
名前を呼ぼうとする。愛しいひとの影に向かって。
それなのに。
その名前を呼べないでいる。
いつからだったか。
もう、分からなくなっているのだ。
その影が、だれなのか。
この熱を鎮めるために、だれの名前を、呼べば、いいのか。
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