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「おい、……おい」
「……ん?」
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
揺り起こされて気が付くと、俺がいたのは図書館のいつものお気に入りの机だった。机というかテーブルだ。イスが向かい合わせに二脚ずつ置いてある。その向かい側からヤトが身を乗り出してどこか心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「あれ? ヤト?」
「大丈夫か? お前が居眠りするなんて珍しいな」
ヤトは目を覚ました俺にどこかほっとした様子を見せて、元の場所に腰を下ろした。
「ああ、そうだな」
夕方、暗くなるまで図書館で過ごすのが俺らの日課だった。俺はてきとうに本を取って読み、ヤトは机に突っ伏して一眠りする――そうだ、いつも居眠りしているのはヤトの方だ。きっと今日も一眠りして、起きてみたら俺まで居眠りしていたものだから驚いて起こしてくれたのかもしれない。
そして、……。
そういえば、何か不思議な夢を見ていたような気がする。けれどもそれがどんな夢だったのかは思い出せない。まあ、夢なんてそんなものなのかもしれない、けれど。
「カイ、起きたんなら帰るぞ。もうこんな時間だ」
まだどこかぼんやりしている俺に、ヤトがそう言いながら立ち上がった。
「え? ……ああ、本当だ」
俺も時刻を確認すると、確かにもうそろそろ図書館も閉まるころだった。そういえばいつの間にか図書館には俺たちだけになっている。
俺たちは連れ立って図書館を出た。
「……?」
ふと、後ろから呼ばれたような気がして、俺は立ち止まり振り返った。けれども、当然そこには見慣れた静かな夜の風景があるばかりで、ちょっと待ってよ、と追いかけてくる姿もない。
「どうした?」
立ち止まってしまった俺に、先を歩いていたヤトも立ち止まり俺を振り返った。
「うん、なんだか……とても大事なことを忘れてるような気がして」
「なんだ、忘れものか?」
「いや、そういうのとは違うと思うんだけど」
何だろう。さっきからずっと、ちょっとした違和感がある。何かが欠けているような……忘れてしまっているような。けれどもそれが何なのかは分からない――忘れてしまって、思い出せない。
「じゃあ、気のせいだろう」
「そうかな……」
「……カイ」
すると、ヤトがため息をついて言った。
「それが本当に大事なことなら、いつか思い出すだろうし、思い出せないんだったら、それはきっと、忘れてしまった方がいいことなんじゃないかな」
「……」
「だからもう、気にするな」
「……そうだな」
確かに、ヤトの言う通りなのかもしれない。
俺はヤトを追いかけて、図書館を後にした。見上げれば、暗い紺色の空には星がきらめいていた。
まるで世界の果てのようだ、と思った。
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