夕方、暗くなるまで図書館で過ごすのが俺らの日課だった。俺はてきとうに本を取って読み、ヤトは机につっぷして一眠りし、ユマはなんだかんだと俺の邪魔をする。
「カイー、何やってんのー」
 最近読んでた本は昨日で読み終わってしまった。今日はどの本にしようかと俺が本棚にずらりと並ぶ本を眺めていると早速ユマがやってきて横から俺をつついてきた。
「何ってどれにしようか選んでんだよ。それよりお前なあ、図書館なんだからもう少し静かに声出せよ」
 俺は横のユマを見ないままこそこそと言う。ユマの声は大きいというか響く。俺は少し辺りを見回してみた。まばらだが人影はある。まあ今のところ睨まれたり注意されたりすることはないけれどもいつ怒られるかと俺は気が気でなかった。
「そんなことよりもさあ、昨日の話の続きなんだけど」
「お前人の話聞けよ」
 これにしよう、と本棚に伸ばした俺の手をぺちぺちと叩きながら、ユマがまた少しも声色を変えようとしないまま言った。まったくこいつは。
「で? 昨日の話って何」
 俺はいつものお気に入りの机に向かった。机というかテーブルだ。イスが向かい合わせに二脚づつ置いてある。そこではすでにヤトが居眠りしていた。俺はその向かい側のイスをそっと引いて腰掛けた。
「やだなあカイ、もう忘れたの?」
 ユマは腰掛けず俺のかたわらに手をついて前屈みだ。ちらりと見上げると満面の笑みだった。
「世界の果ての話だよ」
「ああその話ね……」
 俺は本を開いて本の方に視線を戻した。そうして放っておいてもユマは勝手に喋っていて、もう少し声をひそめてさえくれれば別に気にならないものだった。
「世界には果てがあるって昨日も話したと思うけど、面白いのはね、それが絶えず移動していて、いつどこに果てが来るのか分からないってことなんだ。まあ実際は果てがその場所を変えているんじゃなくて世界の中身の方が絶えずくるくると位置を変えていて、いつどれが果てに近付くか分からないってことなんだけど」
 俺はユマの声を聞き流しながら本を読み始めた。何も音がないよりは少しぐらい音があった方が変に緊張しないで逆に集中できることもあるよなあ、とか思うこともある。
「もう、聞いてる?」
「うん」
 こうして時々揺すられたりつつかれたり時には叩かれたりしてしまうのが困るところなのだけれど。
「つまり……」
 立っているのも疲れたのかユマはガタンとイスを引いて座った。俺は向かい側のヤトをちらりと見やる。ヤトは突っ伏したままだ。こいつはこいつでユマの喋りを子守歌代わりにでもしているのかもしれない。
「つまり僕が言いたいのはこういうことなんだよ」
「何」
「いつどこが世界の果てになるか分からない、それは、今僕らのいるこの場所だって、いつ世界の果てになるか分からない、いつそうなってもおかしくないんだってことなんだ」
 俺はユマを見た。そして足下を見た。
「ほら、考えてもごらんよ、今この瞬間にも、ここが世界の果てになって」
 突然、頭の中にイメージがよぎった。足下でぱっくりと裂ける、図書館の床。
 そこから下を覗けば別の世界が見え、そこから飛び下りれば別の世界へ行けるのだ。
 俺はもう一度ユマを見た。ユマは目を輝かせて俺を見つめていた。
「ね? もしそうなったらと思うとドキドキするだろう?」
 俺は溜め息をついた。
「んなことあるわけないだろ」
 イメージだけで目まいがして、俺はそれを振り払うようにかぶりを振った。



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