光射す


「……」
 帰ってくると、家の玄関には鍵がかかっていて、ファイはため息をついた。
 いや、自分も合鍵を持っていなかっただろうかと荷物の中を探り、それがないことにもう一度ため息をつく。どうせ使わないだろうから必要ないといって家の中に置いてきてしまったようだ。
 それじゃあ、と今度は家の周囲をぐるりと回り、裏口かどこかの窓なんかが実は開いていやしないだろうかと確認してみる。しかし、まったくこれじゃあまるで泥棒みたいじゃないかと苛々しながら見てみても、こんな時に限ってすべてきちんと閉められていたし、こうやってうろうろしている間にだれかがひょっこり帰ってくるということもないのだった。
 もう帰ってきてると思ったんだけどなあ。
 そうして玄関前に戻ってきたところでファイはまたため息をついた。家に鍵がかかっている――つまり、同居人全員が出掛けてしまっている理由には見当がついた。合鍵は持っていなくても『端末』は持たされていたから、『ゲート』が開いたことも『異物』が出現したことも、そしてそれが『ハンター』によって適切に処理されたことも知っている。だから、いつも仕事で自分よりも帰りの遅いライエはともかく、普段家にいるはずのシェイアやツァーランがいないのは『ハンター』として出動したからなのだろう。ただそうだとしても、もう帰ってきているだろう頃を見計らって、自分も帰ってきたつもりだったのに。
 仕方ない。おとなしくここで待っていよう。
 もう何度目だか分からないため息をついて、ファイは玄関先に座り込んだ。
 もしまだ『異物』が処理されていないというのであれば、もちろんファイもその場に駆けつけるつもりだった。『異物』の出現した場所も分かっていたし、ファイにもまた、『異物』を処理する『ハンター』としての能力が――誰にでもあるわけではない特殊なそれが、あるのだから。
 ただ、まだ子どもで、学生でもある彼は、正式には『ハンター』として認められていなかった。そのため、できることはあくまでも「手伝い」でしかないし、また学業の方が優先されるため、『異物』が出現したとしてもすぐ無条件にその場所へ向かうことはできず、こうして取り残されてしまうこともよくあることだった。
 昔はそんなことなかったんだけどなあ――以前、ライエがそう話していたのを思い出す。昔、『ゲート』や『異物』の存在が世に知られ始めた頃、それに対応できる『ハンター』としての能力を持つ者も少なく、子どもだからとかそんな細かいことは言ってられなかったのだという。そう言うライエ自身、子どもの頃から『ハンター』をやっていて、今は『局』と呼ばれる『異物』対策の専門機関(正式にはもっと長くて複雑な名がついているが、面倒なので皆『局』と呼んでいる)で働いている。一方、もしファイがこれから同じように『局』を目指そうと思ったら、さらに上の学校へ進まなければならない。つまりその分だけ、正式な『ハンター』として認められるのが遅くなってしまうのだ。
 『ゲート』が開き『異物』が出現するようになってから、まだほんの十数年しか経っていないという。それなのに、『ゲート』や『異物』、そして『ハンター』を取り巻く状況はすっかり複雑で面倒くさいものに変わってしまった。
 ただ、能力を使うこと自体が禁止されているわけでもないため、例えば『異物』から自分の身を守ることはできるし、その場にたまたま居合わせた人を助けることもできる。けれども、本当は自分も早く役に立ちたかった。自分の身を守るためだけでなく、誰かを――大切な人を守るために、この能力を使いたいのに。
 ままならないな。
 中途半端な自分がもどかしかった。焦りや悔しさばかりがつのってゆく。
 どうして、僕は……。


「ファイ?」
 そこに光が射した。
「……シェイア」
「やだ、何やってるのあんた、こんなところで」
 どうやら玄関先で少し眠ってしまっていたらしい。ファイが顔を上げると、何だか呆れた様子のシェイアがこちらを見下ろしていた。すらりと背の高い彼女はこうして見上げるとますます大きく見える。本人に言ったら怒られそうだが。
「鍵は? 持ってなかったの?」
「ああ」
 いいからちょっとそこ退いて、とシェイアに急かされファイはのろのろと立ち上がった。一緒に帰ってきたのだろうツァーランの姿も目に入る。
「いつも、いてくれるから、必要ないと思ってたんだ」
「……」
「……」
 ファイの言葉に、何故かシェイアもツァーランも揃って少し複雑そうな顔をする。
「まあ、なんていうかこの子は……」
「ほんと、こんな時ばっかり」
 ファイは目を細めた。シェイアの姿が眩しく見えた。それは、さっきまで目を閉じていたからとか彼女が光を背にしているからとかそういうことではなく、きっとただ、彼女が彼女であるがゆえに。
 ファイにとって、シェイアはいつも眩しかった。その存在そのものが、闇を追い払い、顔を上げさせる、光なのだった。



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