弟子


「あっ、こんにちは!」
「え?」
 久しぶりにミスターメリーの店を訪れたシェイアを迎えたのは、基本ぶっきらぼうな店主のミスターメリーではなく、シェイアの知らない青年の明るい挨拶だった。普段はミスターメリーがいるはずのカウンターの向こうから、店に入ってきたシェイアに穏やかな笑顔を向けている。
「ああ……、こんにちは」
 一方、ミスターメリーの姿はカウンターにも店の中にも見当たらなかった。出掛けているのかあるいは店の奥に引っ込んでしまっているのか。まあミスターメリーが店にいないこと自体は特に珍しいことではなかったけれども、この青年は何者だろう。まるでミスターメリーの代わりのようにカウンターにいるということは、店番だということでいいんだろうか。
「あの、ミスターメリーは」
 そこでとりあえずシェイアはその青年に声をかけてみた。すると彼は、はい、と爽やかに頷いて、
「師匠ー! お客さまですよー!」
 店の奥に向かってそう声をかけた。
 師匠?
 やっぱり奥に引きこもってたのか、と思うと同時に、師匠って? とシェイアが首を傾げていると、
「あー、はいはい」
 店の奥からのっそりとミスターメリーが姿を現した。シェイアの姿を見つけ、おや、と微かに笑顔をみせる。
「いらっしゃいシェイア、久しぶりだな」
「こんにちはミスターメリー。ねえこの人だれ」
 早速シェイアは遠慮なく青年を指差して尋ねた。すると、
「ああ、弟子だ」
「弟子?」
 返ってきた答えにシェイアは目を丸くした。そういえば確かに青年の方もミスターメリーのことを『師匠』と呼んでいた。何を言っているんだろうと思ったけれども、実際本当に師匠で弟子だったということらしい。
「え、どうしてまた急に弟子なんか。まさか本当にやめたくなったわけじゃないでしょうね?」
 ミスターメリーの店は時々閉店騒ぎを起こす。店主のミスターメリーが突然もうやってやれるかと叫んで店を閉めてしまうのだ。もっともミスターメリーが自身の生き甲斐だというこの店をやめられるわけがなく、しばらくすれば結局何事もなかったかのように復活しているのだが。
「やめる気はないさ。だが時には怠けたくなることだってあるもんだ」
 なるほど、そんな時のための弟子だということらしい。これで閉店騒ぎは少なくなりそうだが、逆にミスターメリーが店の奥にこもってしまうことは多くなってしまいそうだ。それはそれで面倒くさそうな気がする。
「それに、こいつは私の目指すところに大いに賛同してくれたからな。特別に弟子にしてやることにしたんだ」
 それでまずは店番からということなんだろうか。ミスターメリーの目指すところとかそもそもミスターメリーが何の師匠なのかまではシェイアには分からないけれど。
「へー」
 それにしてもあのミスターメリーが自分以外の誰かをカウンターに入れるなんて。
 シェイアは改めてその『弟子』とやらに目をやった。彼はずっとミスターメリーの隣でにこにこしている。
 けれど。
「ねえミスターメリー、この人大丈夫なの?」
 気がつくとシェイアはそう尋ねていた。
「え?」
 シェイアの言葉に、さすがのミスターメリーも一瞬目を丸くして、すぐに笑った。
「おいおい、いきなり厳しいなあ、シェイア」
「あ、ごめんなさい。でも」
 だって。
 シェイアも自分で自分の言葉に驚いていたけれども、それが正直な気持ちでもあった。確かに彼は一見明るくて人当たりも良くてミスターメリーよりもよっぽどしっかりしてそうで何の問題もなさそうだ。なのに、何だろう。うまく言葉にできないけれども、最初に彼を目にした時から、彼にはちょっとした、けれども確かな、違和感があった。明るくていい人そう、そんな印象の裏に、得体の知れない何かが隠されているような気がしてならなかったのだ。
「大丈夫だよ。私の目は確かだからな。あまり意地悪言わずに仲良くしてやってくれよ」
 ミスターメリーが言った。シェイアと目が合うと笑顔でかすかに頷いてみせた。きっとミスターメリーもシェイアと同じように感じているのだろう。もしかしたら詳しい事情も知っているのかもしれない。そしてそれも承知でこうして彼を弟子にしているというのなら、もうシェイアがどうこう言えることでもなかった。
 そうだ、あのミスターメリーがわざわざ自分で面倒をみるくらいなのだ。きっとこの弟子にも、何か特殊な事情があるのだろう。
「うん、分かった」
 シェイアは頷くと改めて青年に向き直った。
「よろしくね。えーっと……」
 呼ぼうとして、そういえば彼の名前を聞いていなかったことに気がつく。
「ああ」
 すると本人より先にミスターメリーが言った。
「そいつのことはグリーンと呼んでやってくれ」
「グリーン?」
「そう。ひょろひょろしてて、何だか植物みたいだろう?」
「植物……」
 相変わらずミスターメリーの発想は独特だなあと思うと同時に、何だか分かるような気もして、ふと、ずっと感じていた違和感の正体が何となく分かったような気がした。ただ、それは相変わらず、うまく言葉にできないものだったけれども。



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