落とし物
道端に、本が落ちていた。
帰り道、普通に車も走っている道路の、歩道の真ん中に、それは落ちていた。
ハードカバーの、そこそこ分厚い本だ。布っぽい装丁で、なかなか高級そうに見える。ちょうど裏表紙をこちらに向けているのか、タイトルなどは見えない。
ああ、これはヤバいやつだ、と思った。
こういう思わせぶりなものにかかわってはいけない。横目でちらっと見るだけにして、さっさとその場を離れなければならない。だってこれはきっとあれだ、本を開いたら最後、本の中とかいわゆる異世界のようなところに転移させられて、そこで冒険とかしなきゃいけなくなるたぐいのものだ。
だが生憎あたしはそんなものなど必要とはしていない。今の生活には何の不満もない、むしろ毎日楽しいくらいだ。だから、こういったものを必要としている人はきっと他にたくさんいるだろうから、悪いけどそちらを当たってほしい。
……なんてね。
あたしはちょっと笑った。何を考えてるんだろう、そもそもそんなことあるわけがないのに。これはただの落とし物、それだけのことだ。
あたしはその本を拾い上げた。もしかしたらどこか交番とかに届けた方がいいのかもしれないし、少なくともこんな歩道のど真ん中よりは端っこに移動させた方がいいだろうと思ったからだ。
ついでにちょっとだけ本を開いてみる。すると中は白紙だった。本じゃなくて自由帳だったのかな、と首を傾げたところで突然、本のページが眩しい光を放った。
しまった、と思った時にはもう手遅れだった。
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