出動


 ビッビッ、ビッビッ。
 とある日の昼下がり、そのぼんやりした穏やかさを邪魔するように、不安を煽るようでいてどこか軽やかな不協和音――警告音が部屋に響いた。
「あ」
「あ」
 その音に、テーブルに伏せて居眠りをしていた少女と、床にぺたんと座って洗濯物を畳んでいた若い女性が、ほぼ同時に顔を上げて音の方に目をやった。居眠りをしていた方の少女はシェイア、洗濯物を畳んでいた方、シェイアよりは少し年上の女性はツァーラン。
 その音は部屋の壁に掛けられた『端末』からのものだった。それは、壁に掛けられていたり棚の上に置かれていたりあるいは首から下げられていたりと設置状況は様々だったが、この辺りの住民の家にはだいたい設置されているもので、毎日ではないが頻繁に起こるあることを伝えるためのものだった。
「『ゲート』の出現を検知。位置は×−××××−××××−××。付近の『ハンター』は警戒に当たってください」
「マジか!」
 『端末』から音声と文字で伝えられた情報に、うげっ、とシェイアは顔をしかめた。さっきまでの眠気はすっかり吹き飛んでいる。
「確かに間近、だわね」
 ツァーランは苦笑いしてそう返した。シェイアの駄洒落は偶然だろうが、伝えられた位置は確かに、この家――彼女たちの自宅のすぐ近くだったのだ。
 『ゲート』とは世界に開いてしまった穴。そして『ゲート』が出現した際には『ハンター』と呼ばれる者たちが付近の警戒にあたることになっている。なぜなら、穴が開いてしまえば当然そこから入ってきてしまうものがあるからだ。
 そして、
「ほらシェイア、行くわよ」
 ぱん、と膝を叩いてツァーランはよいしょと立ち上がった。洗濯物はまだ畳み終えていないがそれどころではない。
「えー、面倒くさーい」
「何言ってるの、あんただって一応『ハンター』の端くれでしょ?」
「端くれじゃないもん。そこそこ名も通ってるもん」
「はいはい」
 そう。シェイアとツァーランの二人もまた、『端末』から警戒に当たるよう告げられたその『ハンター』なのだった。ただ、すでに洗濯物そっちのけのツァーランとは対照的にシェイアはまだテーブルのところでダラダラしている。
「行ってもどうせ空振りだって」
「すぐそこなのよ? 一番乗りできるかもしれないじゃない」
「それこそすぐそこなんだからちょっとくらいダラダラしてても大丈夫大丈夫」
 ビービービー、ビービービー。
 そうしていると、今度は先ほどよりも分かりやすい警告音が『端末』から響いた。その音に、あ、と二人は再び端末の方を見やる。
「『異物』の出現を検知。『ハンター』は直ちに出動してください」
 シェイアとツァーランは思わず顔を見合わせた。
「うっそ、早くない?」
 この『異物』こそ、開いてしまった『ゲート』の向こう側から――すなわち世界の外側から、侵入してきてしまうもの。運悪くその場に居合わせた生命を根こそぎ喰らってしまう災い。ゆえに人々はそれを恐れ、それが出現すれば、特殊な能力を持った『ハンター』たちが出動してそれを適切に処理しなければならないのだった。
 ただ『ゲート』が開いたとしても、必ずしも『異物』が現れるとは限らないし、現れたとしてもそれまでにはある程度の時間差があった。どうせ空振りだとシェイアが言うのはこのことだし、行くの行かないのとぐだぐだするのもこの時間差があるがゆえの、いわばいつものことだった。ただ今回はいつもと少し勝手が違っていたらしい。
「何にせよ、急ぐわよ」
「りょーかい」
 シェイアは壁に掛けてあった弓矢をつかんだ。
「あら、今日はその気分?」
「まあね」
 壁には他にも剣や銃など様々な武器がかけられていた。シェイアはその時々の気分で武器を変える。一方のツァーランも愛用の武器を取った。こちらはいつもと同じ猟銃だ。
「それじゃあ、行ってきましょうか」
 さあ、出動だ。



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