アホウドリ


「へー。アホウドリってこう書くんだ」
「え、どう書くの?」
 俺が身を乗り出すと彼はほら、と本を指さして教えてくれた。そこには『信天翁』と書いて『アホウドリ』と読み仮名が振ってある。へーなるほど。なんだかすごく偉そうに見えるなあ。
 ところが彼の感想は俺とは違ったらしく、いつものどこか皮肉げな笑みを浮かべて言った。
「天を信じるなど阿呆――つまりは愚かなのだということなんだろうな」
「天?」
 俺は窓の外を見た。そしたらなんだか雲行きが怪しい。なるほど、
「天気予報なんてあてにならないって話?」
「バカだな」
 俺のセリフに彼はそう言って顔をしかめた。これもだいたいいつものことだ。
「天、て言ったら普通、神とか運命とかそういうものを連想しないか?」
「でも俺そういうの結構信じてるけどなあ。神頼みとかするし、お前との出会いとか運命だと思うし」
「……、お前はバカだからな」
「ひど!」
 彼はため息をついてまた本に視線を戻してしまう。俺はまた外を見た。すると降りそうに見えたのはどうやらさっきの一瞬だけだったようで、やっぱり今日はいい天気だ。
「ところでアホウドリってどんな鳥だったっけ? アホーって鳴くやつ?」
「アホーはカラスだろ。いやカラスも別にアホーとは鳴かないな」
「カラスはカーだもんな。なあ、カラスが鳴くからもう帰ろうぜ」
 彼が言おうとしていたこともたぶん何となく分かるような気がした。でも俺は、バカだアホーだ愚かだと言われてもやっぱり、天気予報も神様も運命も信じたいなあと思った。



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