北風と太陽
窓の外には、すっきりしない曇り空が広がっていた。
すっかり葉を落とした木々が風に震えていた。
彼女はいつものようにいつもの窓際でぼんやりと外を眺めていた。
そして俺もいつものようにそんな窓の外を眺める彼女を眺めていた。
「風が強いわね」
ふと、彼女が呟いた。わざわざ振り向かなくても俺がいることぐらい分かっているというように。
「そうだな」
俺は頷いた。確かに風の強い日だった。時に木々は大きくしなり、耳を澄ませばまるで何かの鳴き声のような風の音さえ聞こえる程だった。こうして建物の中にいても、特に暖房の効いていないこの場所では、足元から寒さが這い上がってくるようだった。きっと外はもっと、身を切るような寒さなのだろう。
「ねえ」
「ん?」
「北風と太陽、て話があるじゃない?」
「ああ」
俺は相槌を打ちながら、どんな話だったかな、と思い返してみた。確か北風と太陽が勝負をするのだ。どちらが旅人の上着を脱がすことができるか。北風は上着を吹き飛ばすことはできず、太陽の暖かな光が上着を脱がすのだった。
「それがどうしたの?」
「あれはまやかしね」
「まやかし?」
「だって、ほら」
彼女は空を示し、俺も空に視線をやった。広がるのは灰色の薄暗い空。
「こんな北風の強い日には、太陽なんて出てやしないのよ。仮に出たところで、その光だってたかが知れてるわ」
彼女の言葉には何かを嘲る響きがあった。
「コートを脱がすのに必要なのは太陽じゃない。太陽だけじゃ、コートを脱がす力にはならない」
そういえば、北風と太陽の話はいったい何のたとえだっただろうか。
「風も、優しくならなければ」
また、まるで泣き声のような風の音が聞こえた。
どうしたんだい、と俺は訊こうとした。どうしたんだい、何かあったのかい?
けれども俺は何も言えないまま、ただ彼女を見ているばかりだった。
彼女は俺を振り向きもせず、ただ窓の外を眺めていた。
すっかり葉を落とした木々が、北風に震えていた。
そして空は、暗い灰色の雲に覆われたままだった。
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