雷鳴


「あ、夏だ」
 唐突に、彼女が呟いた。
 いつものようにお気に入りの窓際で、ぼんやりと外を眺めながら。
「え?なんで」
 いきなり。
 尋ねると、彼女は窓の外を指して、
「ほら、聞こえない?雷」
 俺は耳を澄ましてみた。そういえば確かに遠くで、ごおん、と、雷鳴が響いている。
「本当だ。でもなんで夏?」
 雷だ、でも、雨だ、でもなく。
「だって季節が変わるから。雷は、季節の変わる合図なの」
「そうなんだ」
 初耳だった。
「そうよ」
 また、ごおおおん、と、雷鳴が響いた。さっきより大きい。そういえば、空も暗くなってきたような気がする。
 近付いてきているのだろう。雨を連れて、夏を、連れて?
「……雨も降るかもね」
 彼女は外から視線を外し、物憂げに目を伏せた。
「夏は好き?」
 訊くと、
「冬よりは」
 まどろむように、笑んだ。
 また、雷鳴が響いた。今度はどきりとするほど近い。
(雷は)
 季節の変わる合図。
(変わる、合図)
 一瞬、何かが閃いた。音のない稲光のように。
 一瞬、何もかも分かった気がした。どうして彼女はいつもここでぼんやりしているのか、どうして俺は彼女に話しかけるのか、どうして彼女は目を伏せているのか、どうして俺は立ち尽くしているのか、足りないものは何なのか、求めているものは、何なのか。
 それなのに。
 それは一瞬で消えてしまうのだった。稲光の後、遅れて雷鳴が響くころには、もう、よく分からなくなってしまっているのだった。
 そして、
「ああ、降り出したみたいだ」
 さあさあと、雨音。
「そうみたいね」
 彼女は目を開けて、また窓の外を見た。
「でも、きっと」
 あっというまに景色は雨に霞んでいく。ああ、何もかもが、ぼやけていく。
「これが止めば、夏よ」
 微かに、雨の匂いがした。



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