さいわい


「あら、禁煙するんじゃなかったの?」
 明るく声をかけられて、ふと僕は我に返った。振り向くと、声と同様明るい彼女の笑顔があった。
「……まあいいじゃないか今日ぐらい」
 そういえばそうだった。しまった。ぼんやりしていていつもの癖でタバコに火をつけていた。
「それから、また猫背になってるわよ。ほらもっと背筋をのばして」
 彼女は言いながら、ぽん、と僕の背中を叩いた。あぐらをかいた状態で背筋を伸ばしたらまるで座禅じゃないかと思いながらも僕は何も言わないでおく。
「ただでさえ最近白髪も目立ってきてますます年寄りくさくなってるのに」
 僕はわらって肩をすくめた。
「仕方ないだろう、実際年寄りなんだから」
「今からそんなこと言ってどうするのよ、もう」
 彼女は僕の傍らに腰を下ろした。ふわりといい香りがして、僕は目を閉じた。
 いつか必ず、生きててよかったと思える時が来る。
 僕が絶望にのまれかけていたあの時、そんなありきたりな言葉で僕をつなぎ止めようとしていたあいつのことを思った。
「…………」
 僕はタバコの火を消して、そのまま彼女にもたれかかってみる。
「やだ、なによいきなり」
 彼女は驚きつつもそのまま包み込んでくれた。
 そんなありきたりな言葉にだまされるものかと思っていたけれど。
 そうだな。
 君の言うとおりなのかもしれない。



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