なんちゃって手品師


 特技は鳩を出すことだと彼は言った。
「鳩?」
「うん、ほら手品でよくあるじゃない。ハンカチで手元を隠しといて、どかしたら鳩が出て来るやつ」
「それは分かるけど……」
 なんでも、小さい頃手品の真似をして遊んでいたら本当に鳩が出て来るようになったのだという。
 最初は誰かの仕込んだいたずらかと思ったがそうではなく、何か特殊なハンカチでも手に入れてしまったのかと思ったがどんなハンカチでも出来てしまう。それでどうやら特殊なのは自分の方らしいという結論に至ったのだそうだ。
「ハンカチさえあれば今ここでもできるけど?」
 やってみせようか?
 結構です、と私は丁重にお断りした。ちなみに場所はほどよく混んだカフェ。こんなところで鳩なんか出されても困るだけだ。
「あれ?ひょっとして、鳩以外も出せたりする?」
 ふと思い付いて訊いてみた。もし、鳩に限らず何でも出せるのだとしたら。それはとんでもない話だ。
 だが彼は苦笑いでかぶりを振った。
「いや、残念ながら出せるのは鳩だけなんだ。もっといろいろ出来たらもしかしたら手品師にもなれたかもしれないんだけど」
 それは特技というよりはむしろ超能力ともいえるのかもしれないけれども。
「これじゃあ隠し芸にしかならないよ」
 確かに、こんな能力あったところでどうしようもないよなあ、と私も笑った。



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