夜の散歩


 トントン、と部屋の窓ガラスを叩く音がした。
 こんな夜更けに何だろう。私は宿題をしていた手を止めて、カーテンを開けてみた。すると、窓の向こうで友人のマミコが笑顔で手を振っていた。
「どうしたの」
 言いながら私はがらりと窓を開けた。冷たい夜風がひゅるりと吹き込んでくる。寒い。
「やーこんばんはー。いい月夜だねー」
「寒いからとりあえず中入ってよ。ていうか何なの?その格好」
 確かに綺麗な月夜だが、寒い。いやそれよりもマミコのその格好はまたいったいどういうつもりだろう。黒いマントに同じく黒くてつばの広いとんがり帽子。おまけに手にはホウキとくれば、どう見たって『魔女』ではないか。
「えへへ」
 呆れている私にマミコはへらへらと笑った。
「だって今日はハロウィンだよ?こんな格好してても全然不自然じゃないんだもん、だったら着ないわけにはいかないでしょー」
「ああ、ハロウィンか」
 なるほど、と私はうなずいた。そういえばハロウィンもだいぶ意識されるようになってきたなあ。
「えーと、ちょっと待ってて、お菓子持って来るから。確か台所にお煎餅が」
「あー!ちょっとちょっと!」
「え?何?」
 確かハロウィンってのは仮装して家々をまわりお菓子をもらう行事だったはずだ。そう思って台所にお菓子を取りに行きかけた私をマミコが大声で止めた。
「違う違う、お菓子もらいに来たんじゃないんだってば!」
「じゃあ何?」
「決まってるじゃない」
 マミコはウインクして、くいっと外を指した。
「せっかくのハロウィン、せっかくの月夜だよ?ちょっと久し振りに夜の散歩にでも行かない?」
「えー?私いま宿題やってたんだけど」
「宿題なんて」
 マミコはパチンと指を鳴らした。するとシャーペンが勝手に動いてカリカリとノートに字を書き始めた。
「あ、ちょっと勝手に何すんのよ」
「いいじゃない、宿題なんてこうやってシャーペンに任せとけば。一緒に授業受けてるシャーペンなんでしょ?それなりになんとかやってくれるわよ。だからさ」
 そしてマミコがもうひとつパチンと指を鳴らすと、今度は私の部屋のクローゼットが勝手に開いて、中からマミコと同じような黒いマントと帽子にホウキが飛び出してきた。
「ほら、さっさと着替えた着替えた」
「もー」
 しょうがないなあ。私はマントを羽織り、帽子をかぶった。そういえばこれを着るのは久し振りだ。
「さ。レッツゴー」
 ガラガラと窓を開けると、私たちはそれぞれホウキにまたがった。
「これ乗るのも久し振りだからなあ。うまく乗れるかな」
「何ぶつぶつ言ってんの。行くわよー」
 まずマミコがふわりと窓から飛び立ち、私もそれに続いた。最初ちょっとよろめいたけれど、すぐに勘も取り戻せた。ただ、
「ねえ、やっぱり寒いよ。帰ろうよ」
「何言ってんのよ、これくらい何てことないじゃない」
「うー」
 秋も深まってきたこの時季の夜風はけっこう冷たかった。ましてや風を切って飛んでいればなおさらだ。もう少し着込んでくればよかったなあ。
「ところでさあ」
 並んで夜空を飛びながら、ふと気になって言ってみた。
「確かに今日ならこの格好は不自然じゃないかもしれないけど、こうやって空飛んでたらいくらなんでも不自然なんじゃない?」
「あはは!」
 するとマミコは大声で笑った。
「大丈夫よー。どうせ誰も空なんか見てないって!」
「分からないわよ?こんなに綺麗な月夜だもん」
 私は月に目をやった。それは手も届きそうなほどすぐ近くに輝いて見えた。
「ね、たまにはいいでしょ?夜の散歩も。いや、散歩じゃなくてドライブ?ツーリング?」
「ホウキだからホウキング」
「だっさ!」
 私たちは笑いながら空を駆けた。やっぱり夜風は冷たかったけれども、月が星が、そして何より眼下に広がる街の明かりがとても綺麗で、確かにマミコの言うとおり、たまにはこういうのも悪くないなと思った。



その他小説/小説トップ
- ナノ -