そして彼らは夢を追う


「本当は、俺はそういうものには近付きたくないんだよなあ」
 ひととおり話を聞き終わると、彼はそう呟いて、深々と溜め息をついた。
「俺は心穏やかに生きていたいんだよ。確かにお前の言うことも正しいと思うよ。夢を追う情熱とやらの素晴らしさぐらい、俺だって分かってるつもりだ。だがな、それを遠くから眺めるのとその当事者となるのとでは大違いなんだ。たとえいくら素晴らしかろうと、そんな熱くて苦しいものに心を引きずり込まれるなんて、無駄に疲れるばかりで辛いんだよ、分かるだろう」
 彼は視線を斜めに逸らして、さらに長々とそう言った。だが彼の向かい側でただ静かに微笑んでそれを聞いているもうひとりには分かっていた。なんだかんだと否定的なことを言いながらも、本当はすでに彼の心はYesの方向で固まっているのだ。ただ、それを素直に認めるのが少々癪に障るだけで。
 だって、ほら。
「そうか、君がそこまで言うんだったら仕方がないね。この話は、なかったことにしよう」
 わざと悲しげな顔を作ってそう言えば、彼はあからさまに顔をしかめて舌打ちをする。そして、
「ばかだなあ、そんな話を聞かされて、俺が黙っていられるわけがないだろうが。だからお前の話なんて聞きたくなかったんだ、まったく」
 あくまで仕方なさげな風を装いつつも、強い目をして、やってやろうじゃないか、と身を乗り出すのだ。



その他小説/小説トップ
- ナノ -