炭酸


「あ、その自販機のところで止めてください」
 仕事が長引いて遅くなった帰り、わたしは車で送ってもらっていた。目印は、ちょうど近所にある、ジュースの自動販売機の明かりだ。
「ここでいいの?」
「はい。家、すぐそこなんで」
 ゆるやかに車は自動販売機の前に止まった。自動販売機の明かりで車内が少し明るくなる。運転席の、横顔。
「あー、ねえ」
 それがくるりとわたしを見た。
「おごるからさ、ちょっとそこの自販機でジュース買ってきてよ」
「え、そんな」
「いいから、俺は梅のなんとかってやつね」
「はあ。……ありがとうございます」
 小銭を受け取って、車を降りた。梅のなんとかを探すけれど、見つからない。しばらく考えて、サイダーを買った。二本。
「あのう、梅のやつ、なかったですよ」
「ああ、いいよいいよこれで。ありがとう」
 そしてわたしは、おいでよと言われて再び助手席へと戻る。ここに止まってたら邪魔になるだろうからと、少し車を動かして、なんか駐車場というか空き地みたいな所に入る。
「天然水使用、だって。美味しいよね、これ」
「そうですね」
 缶を開ける音。炭酸のはじける音。
 そのまま二人並んで黙ってサイダーを飲む。
 何も音がないよりも、静かな気がするのは、炭酸のはじける微かな音のせいだろうか。

 沈黙を共有できる仲。
 ふとそんなことを思った。
 無理に言葉で気まずさを埋めなくてもいいような、そんな。
 だが、やはりどこか妙に落ち着かない。さっきも、慌ててサイダーを飲もうとしてむせてしまった。
 何だかそわそわする。それはまるで、せわしなくはじける炭酸のように。

「……あの」
「ん?ああ、もう飲んじゃったんだ。早いねえ」
 ちょっと待って、と残りのサイダーを一気にあおって、また車は自動販売機の前に止まった。ありがとうございました、とわたしは空き缶を二つ持って車を降りた。
「お疲れさま。気をつけてね」
「お疲れさまでした。ありがとうございました」
 自動販売機の明かりに、ちらりと笑顔が照らされた。そして車はすぐに見えなくなってしまった。
 がらんがらんと空き缶をゴミ箱に放り込んで、家に帰る。途中、立ち止まって、夜空を仰いだ。
 心のどこかで、そわそわと、何かがはじけていた。



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