異物


「えー!」
 うつくしいお屋敷の窓辺に、やや場違いなトーンの大声が響いた。
「ヤダ!ちょっと何事よコレ!何やってんのよコイツ!」
 バルコニーから身を乗り出して下をのぞきこみ、騒いでいるのは、このお屋敷の主、自称マダム。赤と金を基調としたひらひらと優雅なドレスに、じゃらじゃらとこれまた金のネックレスやブレスレット、結い上げた黒髪にも色とりどりの宝石が揺れる髪飾り。もちろん服だけでなく本人も申し分なくうつくしい。ただ、マダムと自分で言っているわりには、その外見は男性とも女性ともつかない――いや、むしろどちらかといえば男性に見えた。
「うわ、信じられなーい」
 彼女(?)が見ていたのは、この世界に入り込んでいた『異物』。とりあえず害はないようだからとずっと放置していたのだが、今になってソレが突然活動を始めたのだ。
 この世界に害をなす方向に。
「大変なことになったね」
「きゃあっ!」
 突然横から声をかけられ、マダムは飛び上がらんばかりに驚いた。さっきまで確かに誰もいなかったはずのそこには、何の前触れもなく、少年の姿があった。
「ちょっともう!驚かさないでよ!」
「これは失礼」
 赤っぽい装いのマダムとは対照的に、少年は白かった。どことなくアジアンなこのお屋敷の雰囲気に合わせてか、シンプルな白のチャイナ服だ。少年のきらきらした薄金色の髪や白い肌にもそれは意外とよく似合っていた。
「もう……相変わらず情報が早いわね」
「当たり前だ。わたしを誰だと思っているんだ」
「はいはい。さすがですこと」
 マダムは溜め息をついて、バルコニーの柵に腕を乗せて顎を乗せた。少年はマダムのかたわらで、ちょっと下をのぞき込んで、
「で、どうする?」
 またマダムを見た。
「そりゃあ、どうするもこうするも……」
 マダムは前を見たままつぶやいた。その視線の先にはふわふわと雲が漂っている。
「排除するしかないでしょ」
 その目には力があった。さっきまでぐだぐだと言っていた時には、なかったものが。
「ただ入り込んできたからってだけで排除しちゃうのは、あまりにも気の毒だと思って放っておいたけど……。そっちがそういうつもりなら」
 この世界に害をなす、つもりなら。
「『担当』としては、黙っちゃいられないわよねえ」
「そうだな」
 少年も隣でつぶやいた。
「それを聞いて安心した。ではよろしく頼む」
 そして、現れた時と同様にまたぶつりと少年の姿は消えた。
「え?ちょっと!」
 マダムは少年のいた辺りに向き直り、また溜め息をついた。
「結局何しに来たのよ。もう、勝手な奴……」
 まあ仕方ないのだろう。『総括』の彼がいつまでも中心を離れているのはよくない。
 それよりも。
「さて……、どうしてくれようかしら」
 マダムはもう一度バルコニーから下をのぞき込んだ。
 異物だというだけでは排除はしない。だが、それがこの世界に、愛するこの世界に害をなすものならば。
「ただじゃおかないんだから」
 彼(!?)はくるりときびすを返した。鮮やかな赤と金が、炎のように翻った。



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