相合い傘


「何にやけてんの?」
 と、隣を歩く彼に言われて、あたしはハッとして慌てて真顔を作った。
「べっべつににやけてないわよ」
 それでも、気がつけばまた、にま、と口角が上がってしまっている。おっといけない、とあたしはぺしぺしと頬をたたいた。
 けれどもこれがにやけずにいられようか。
 隣を歩く彼は、もうずっと前から気になっていた人だった。もうずっと前から見つめていた人だった。まさかこんなふうにして並んで歩けるなんて思ってもみなかった。そりゃあ顔もにやけるってもんだ。
 今日は傘を持って来て大正解だった。朝は天気が微妙でどうしようかと思ったけれども。

   ◇

「やっぱりにやけてる」
 もう一度僕が言うと、彼女はまた慌てて表情を変えた。
「やだもう、にやけてないってば」
 ……面白い子だなあ。
 一人でくるくると表情を変えている彼女は、さっきから見てて飽きなかった。いつも友達と楽しそうに喋ったり笑ったりしている彼女も面白いが、こうして隣にいてくれるとまた違うと思った。
 僕までなんだかにやけてしまいそうだった。いや、すでににやけてしまっているのかもしれない。
 人のこと言えないなあ。まあいいか。
 帰ろうとしたら雨降りで、どうしようかと思ったけれど、やっぱり傘を持って来なくて正解だった。

   ◇

 ぱらぱらと傘に雨の落ちる音がする。二人の笑顔は傘が隠して、互いにしか分からなかった。



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