空を仰ぐ人


 行かないで。
 彼が空を見上げていると、突然そう言われて、服の裾を引かれた。
 え、行かないよ?
 彼は不思議に思って、かたわらの彼女を見た。
 なに、どうしたの?
 不安げな彼女の頭にそっと手を置く。
 だって、空ばかり、見てるから。
 彼女は服の裾をぎゅうっと握り締めたまま、彼をじっと見上げていた。
 そのまま、飛んで行ってしまいそうで、こわいの。
 俺が?
 空へ?
 空は鮮やかに青くて、確かに吸い込まれそうだった。彼は空が大好きだった。暇さえあれば眺めていた。
 彼には夢があった。いつか成し遂げたい夢が。
 行かないで。
 そして彼女は不安だった。彼はいつか、自分の手の届かない、遠い存在になってしまうのではないかと。
 彼が夢を叶えたその暁には、そうなってしまうのではないかと。
 行かないよ。
 彼はやさしく微笑んだ。確かにその目は彼女を見つめていたけれども、確かにその心は彼女を向いていたけれども。
 彼女はそっと手を放した。
 彼には夢を叶えてほしかった。けれども、夢なんか叶わなければいいと思っていることも、また確かだった。
 彼女はずっと彼を見ていた。だから分かる。彼ならばきっと、いつか夢を叶え、大きなことを成し遂げることができるだろう。
 自分はこの人のそばにいるべきではないのかもしれない。彼女は、そう、悲しく思った。



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