ベルトコンベア


 爽やかな風が吹いて、草の匂いがした。久し振りに草の匂いを嗅いだような気がした。
 小学生の頃、毎年春には遠足に行っていたことを思い出した。草の匂いは、遠足の匂いだった。何も構わず地べたに座り込んだり寝転がったりしていたのを思い出した。今、どれだけそれらから離れて過ごしているのだろう、と思い、すぐそれは消えた。

 風が止めば、太陽の光は眩しくて熱い。足下の影は、驚くほど短かった。
 時間的にも、季節的にも、日が高い頃だからだろう。そういえば、紫外線も非常に強いとか、テレビの天気予報で言っていた。だから何だ、と思う。いや、何か対策を取らないといけないんだろう、と思う。自分を守る対策。これ以上紫外線が強くならないようにするための、対策。そんなことを考え、けれども、それもまたすぐ消えた。

 眩しさに顔をしかめながら空を見上げてみれば、思った以上に白い雲の割合が大きかった。空の何割を雲が占めていれば「くもり」になるんだったか、確かどこかで聞いて知っているような気がして、思い出してみようとしたけれども、思い出せなかった。

 流行りの歌が頭の中で流れている。同じところばかりをぐるぐると繰り返す。ちゃんと覚えてそのうちカラオケで歌いたいなと思う。そしてまたすぐ消える。

 日常を劇的に変える出来事なんて、そう滅多にあることではない。例えばその道を曲がった先で運命の出会いがあるとか、例えば空から突然隕石が降って来るとか、そんな話はまず有り得ない。けれども、日常は緩やかには確実に変わっている。草の匂いがしなくなったり、紫外線が強くなったり。

 そして今この数分で、私の中身は次々と変わっていっている。思考が次々と現れて流れていっては消えている。まるでベルトコンベアにでも乗せられているかのように。そこにこうして手を伸ばして流れて来たものを掴み取ってまた並べ直すことに果たして意味はあるのか、ないのか、あるいは意味を求めること自体が間違っているのか。

 時計を見れば、もう少しで昼休みが終わりそうだった。急いで事務所に戻らなければいけない。私は歩くスピードを上げた。



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