ハピバスデ


 ハピバスデ、あなた。

 あのひとを見掛けることすらなくなってから、もう、年単位の時が過ぎていた。それはもう好きで好きで、毎日のように見つめ続けたあのひと。確か、今日はそんなあのひとの誕生日だ。
 さすがに年単位の時が経てば、あの頃の思いはすっかりしぼんでしまっている。思いだそうとすれば思い出せるけれども、もうあの頃のような熱はない。それでも、この日が来れば、何故か気に掛かった。まるで条件反射のように。
(ハピバスデ、あなた)
 言えなかったことを、少し後悔しているのかもしれない。
 その日をともに過ごせなかったことを、少し後悔しているのかもしれない。

「あれ?お久し振りですー」
「おう、久し振り、どうしてる?」
「なんとかやってますよー。そういえば、今日お誕生日じゃなかったですか?おめでとうございますー」
「お?よく覚えてるねえ。ありがとう」
 なんて。
 今、もう一度会ってみたい、気がする。
「実はですねー、あの頃、私あなたのこと」
 好きだったんですよ。
 過去形になった今、やっと言えるような気がするのに。

 ……なんて。
(でも本当は)
(今日が本当にあなたの誕生日だったかどうかさえ)
(もう、あやふやになって、しまっているのだ)



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