第六会議室
「失礼します」
「おー」
ドアを開けると書類の向こうから主任の声がした。
「また片付けですか」
「んー」
向こうで手をひらひらしている。私は溜め息をついた。
会議室、という名前は付いているけれども、なんかもうここはすでに彼の個室だ。と言うか巣だ。テーブルの上にも下にもいろんな書類やらファイルやらがどさどさと散らばっている。さすがに仕事関係のものしかないけれども。この人は基本的には真面目な人なのだ。
「疲れたー」
ライターに火をつける音。確かに基本的には真面目な人なんだけど。
「いいんですかここでタバコ吸って」
「んー、別にいいさ。あ、これの中身も捨てといて」
灰皿あるし。
「だいたいお前さあ、なんで俺が呼ばなきゃ来ないの? 毎日決まった時間に来いよなー」
「片付けにですか」
なんでですか。
「それがお前の仕事だろーがー」
「…………」
違います。
「つかれたー」
ぎい、とイスがきしむ音がした。見ると、彼がひっくり返らんばかりにのけ反っている。
「あー」
確かにお疲れのご様子だ。
「えっちしてえなあ」
「…………」
私は彼を見た。彼は目を閉じていた。
「……そういうことは家帰ってから奥さんに言ってください」
「ヨメとして何が楽しいよー」
こいつ。
でも私は知っている。彼とその奥さんがどれほどラブラブか。
私が無言で彼を見ていると、突然彼が目を開けた。
「するか?」
目が合った。
「しません」
即答した。だって他の選択肢なんてないだろう。
(いくら心が揺らいだとしても)
ここのドアには鍵がついている。奥まったところにあるからあまり人通りはない。おまけに窓がついてないから電気を消せばまっくらだ。
なんておあつらえむき。
「あー」
彼はまた目を閉じた。私は彼から目を逸らした。
(もし)
もしも。
(ここで私がうなずいたら)
とろりと熱が生まれた。
(ほんとにしてくれるんですか)
――まさか。
彼がこの手のことを口にするのは実は日常茶飯事だ。相手も私だけとは限らない。一歩間違えばセクハラなのに、憎めないのはこの人の人柄なんだろうか。
この人は基本的には真面目な人なのだ。いくらセクハラまがいのことを言っていても、決して自分から手を伸ばすようなことはない。
(ここで私が手を伸ばしたら)
勝手に熱くなる、こんなことを考えてしまう私のほうが、よっぽど、よこしまだった。
その他小説/
小説トップ