辛く悲しいときには


「……ていうんだけどさ」
「なるほど」
 兄貴と涼が話しているのを、ぼくは聞くともなしに聞いていた。
「それってどうなんだろ。親父はどう思う?」
「そうだな」
 兄貴はしばらく考えるように間を置いて、
「おれは確かにおまえの親父のつもりだけど、おまえにそんなことは言わないな。たとえおれがそう言ったとしても、本当に辛くて悲しい時にはどうしても泣いてしまうものだし、それは決して悪いことじゃないと思う」
「……親父はさ」
 何か言いにくそうな涼の言葉に、言おうとしていることが分かったのか兄貴は少し笑った。
「そうだな。おれだって泣くだろうし、……泣いたこともあったな」
「うん」
 涼もただ相槌をうっただけだった。
「だからもし本当に辛いんだったら、本当に悲しいんだったら」
 ぼくは振り返って二人を見た。二人ともいつものようにそれぞれの定位置に座っている。
「泣いてもいいんだよ」



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